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ごめんね…
ごめんね・・・こんなはずじゃなかったのに。
ごめんね・・・こんなお母さんで・・・
さえこさんは30歳。小さい頃から活発で勉強もよくできるクラスのリーダー的存在の子どもでした。なんでも器用にこなし、スポーツも万能で
「うちの子もさえこちゃんみたいな子だったら。」
「どうやって育てたらこんなお子さんになるのかしら。」
と周囲の大人の人たちが言う度、お父さんやお母さんは、にこにことして「特別なことなんかしてないんですけどねえ。」といいつつうれしそうに笑っていたものです。
お父さんとお母さんはやさしい人で、さえこさんをとてもかわいがっていました。
さえこさんにたくさんの習い事をさせ、喜びそうなものはたいてい買ってくれました。
勉強や習い事に集中させてくれようとしてお家のことはあまりさせず、
「さえこはしっかりお勉強やおけいこをしなさい。」と言ってくれるのです。
さえこさんは両親の期待に応えようとますますがんばりました。県内でも有数の進学校から大学へ進学し、地元でも有名な会社に勤め、会社でもよく仕事ができる、と上司の評判の良い社員でした。
5年前に結婚し、出産を機に仕事を辞め専業主婦になったさえこさん。
結婚し子どもを産むまでは完璧なお嫁さんでした。家事も上手にこなし、
親戚付き合いやご近所付き合いもそつなくこなし、お姑さんとも上手に付き合って来ました。
当然、親戚・お義父さんお義母さん、ご近所での評判もよく、ご主人にとっても自慢のお嫁さんでした。
・・・子どもが生まれるまで、さえこさん本人もこんなことになるとは夢にも思っていませんでした。
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ああ、まったく!毎日毎日どうしてこんなにいらいらするの!
私ってこんなに気に短い人間だったのかしら
・・・最近のさえこさんは気がつけば子どもにお小言ばかり。
用意した朝ごはんを食べないと言っては怒り、幼稚園に行く支度が遅いといっては腹が立ちます。
子どもがテレビに夢中になって言ったことを上の空で聞いていると
「また知らんふりして!」と腹が立ち、寝る支度をぐずぐずしていると、「お母さんまだやらなきゃいけないことたくさんあるのよ!いい加減さっさとしてちょうだい!」
反抗期にはいった子どもが、「いやだ!」と駄々をこねようものなら、もうたまりません。
「誰に向かってそんな口きいてるのっ!」
子どもをもつ前、どんなに叱っても手だけは上げまい、と思っていたはずなのに、自分の中からこんな激しい怒りの感情が湧いてくるなんて・・・
自分でも驚くくらい強く子どものほっぺたを叩いてしまうこともあります。そして子どもが「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」と腕で頭をかばいながらか弱い声で謝りだすまで叩いてしまうのです。
そしてその姿を見て、はっと我に返り、いつも、ものすごく後悔してしまうのでした。
最近、子どもが私の顔色をうかがってばかりいる・・・そんな態度一つ一つにさえいらいらが募ります。
そんなにびくびくした目で私のこと見ないでよ・・・
いらいらの中に、悪かったという思いも交じり複雑な気持ちで子どもをみるさえこさん。
もうやめよう、やさしいお母さんになろう、そう思いながら、朝の支度をさせていたところでした。
「お母さん、お洋服汚しちゃった・・・」
そう子どもが言ってきた瞬間でした。
シャツの真ん中にできた大きなジュースのシミ・・・何かが切れてしまったような感覚で、もう自分を抑えることができませんでした。
「どうしていつもそうなの!こぼさないように食べなさいっていつもいつもいってるでしょうっ!この忙しい時にっ!もう出かけないといけないのに、わかってるのっ!」
あまりの勢いにリビングのいすに座って新聞を読んでいたご主人が立ち上がってこちらに向かって来ますが、間に合いません。
さえこさんは子どもが後ろの壁にぶつかるくらい強く子どもを突き飛ばしていました。
「さえこ、やめないか!」ご主人の言葉も耳に届かず、子どもの肩をつかみ激しく揺さぶります。
「もういい加減にして!毎日毎日・・・なんで私がこんな思いしなきゃいけないのよ!」そう叫んだ時でした。
ふっと顔をあげた瞬間、リビングの鏡に映った自分の顔が見えたのです。
感情のままに大声を出して怒っている自分の顔。
・・・それは30歳の大人の顔ではありませんでした。もっと小さな、小さな女の子が思い通りにならない、とかんしゃくを起して怒っているような顔。
その顔を見たさえこさんはふっと我に返りました。
・・・なんてことをしてしまったんだろう
さえこさんは泣きじゃくる子どもを抱きしめて「ごめん、ごめんね。」
と繰り返しながら一緒に声をあげて泣き続けました。
その日の晩のこと、鏡の前に座って自分の顔を眺め、朝鏡の中に見た小さな女の子のイメージとダブらせながら、さえこさんは小さな自分に問いかけてみました。
「あなたはどうしてあんなに腹を立ててしまったの?ちょっとジュースをこぼすくらいいつものことなのに・・・」
すると、こんな答えが返ってきたのです。
「だって、私はあんなにいつもいい子にしていてお父さんやお母さんに迷惑かけないようにがんばっていたのに、あの子はいっつも言うこときかないし。私だってもっとお父さんやお母さんに甘えたり、わがまま言いたかったのにずるい!みんな私のこといい子いい子っていうからがまんして一生懸命がんばってたのに・・・」
さえこさんはハッとしました。
そうか、私、認められたくっていい子にしてたんだ・・・小さいのに甘えるのも我慢してがんばってたなんてか私かわいそうだったな・・・
子どもを寝かせた後、リビングのソファにご主人と腰掛け、さえこさんは言いました。
「私、小さい頃から周りの期待に応えようとばかりして、人のために勉強やおけいこをしてたような気がするの。お父さんやお母さんが嬉しそうな顔するのがうれしくて、周りの人たちがすごいってほめてくれるのがうれしくて。うれしかったけど人の顔色ばかり見てたなって・・・。
そう思ったら小さい頃の自分がかわいそうになっちゃって。
自分のことも育ててあげるつもりで、自分のペースでやってみようって思えたんだ。」
そう話すさえこさんの顔はもう小さな女の子の顔ではありませんでした。
(ちょっと一言)
子どもの虐待の話をよく耳にしますよね。
以前は虐待されて育った子どもが大きくなって自分の子どもを持った時同じように虐待してしまうと言われていましたが、最近の傾向はそうではないように感じています。
親にもかわいがられて育ち、高学歴で周囲の人の評判も良い・・・そんな人が自分の子どもを虐待してしまうというケースが全体の7割以上を占めていると言われているのです。
いい学校に入っていい会社に勤めて幸せな人生が送れると言われる価値観が通用しない、変化の速さや先の読めない不安。
多様性が求められ、対人関係・コミュニケーション能力・問題解決能力、おぼえるだけでなく自分で考える力が身につかないまま、精神的に大人になりきれていない大人がたくさんいるような気がします。
言われたことしかできない指示待ち族、進学や就職をしたもののすること自体が目標だったため、学校や会社に入った時点で何をしてよいかわからなくなりやる気を失ってしまう燃え尽き症候群、そして精神的に子どものままな大人が子どもを育ててしまうために起こる虐待。精神的に子どもでも体は大人なのですから、欲求を通せばどちらが勝つかはあきらかです。
直接手をあげなくても、言葉による虐待や育児放棄によって子供の安全やより所は失われてしまいます。
脳が「安全」を感じる環境で育つことができなかった人はその先の人生で、生きづらさを抱えてしまいがちです。
もちろん虐待はいけないことです。
子どもの安全のためにも、ついてをあげてしまって自分を責めてしまう
大人のケアも一緒に考えられたらと思うのです。