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伝わる思い

もうどの位こうしているだろう・・・あてもなく山の中を歩き回りながら、けんじさんはぼんやりと考えていました。
もうどうだっていい、何もかも終わりにしたい、頭の中に浮かんでくるのはそんなことばばかり。
早く、早く、誰でもいいからもう楽にしてくれ・・・


もう、ひと月もの間誰にも言えないものを胸の奥に抱えたまま家族と接し、以前と同じ時間に家を出る生活。
何の疑いもなくお昼のお弁当の包みを渡しながら、「いってらっしゃい」と送り出してくれる妻。
「お父さん、今度の日曜日お休み?遊園地に連れて行ってよ!」と無邪気におねだりをする子どもたち。
もう自分にはこの家族さえ守ってやる力すらない・・・


情けなくて悔しくて、そして悲しくて・・・
ずいぶん涙も流したが、それすらもう出なくなって、泣くことさえもう一生できないと思えるような絶望感。
もうどうしようもない、終わりにしたい、という思いだけがどんどん膨らんでいました。


けんじさんの人生は今まで順調に思えるものでした。何の不足もない家庭で育ち、大学に進学、大企業とまではいかないけれど、地元ではよく知られている会社に入ることができ、この20年こつこつと真面目に勤めてきました。特別目立った業績があるわけではありませんが、
真面目に誠意を持って会社のために働いている、そう思ってもらっていると思っていたのです。しかし、その思いは最悪の形で裏切られることになりました。
・・・けんじさんはリストラの対象にされてしまったのです。


周囲が明るくなり、ふと目線を上げると折り重なるように頭上にあった木々の枝の重なりが切れ、頂上近くの展望所まで来ていました。
幼い頃けんじさんはお父さんに連れられて、よくこの山で遊んでいました。ハイキング、虫とり、木の実拾い・・・
小さな動物に出会うこともありました。
ウサギやキツネ、そして小鳥たち。
幼いころに見た山の景色は色彩にあふれ、素敵な香りに満ち、たくさんの生命の活気であふれんばかりに見えていたのに、今けんじさんの目に映る景色は全く違った場所にいるかのようです。
心が安らぐ何かを無意識に懐かしい山に求めていたのかもしれませんが、
山は全く期待には答えてはくれません。
目に映るのはいつもと同じ灰色の景色。このひと月の間見続けてきた色彩のない景色・・・
何を見ても何の感情も動かない空っぽの自分がいるだけなのです。


生きていたって何の価値もない、家族にはすまないが自分が死ねば保険金だって入るし、少々の蓄えだってあるはず。死んだ方が家族の暮らす糧ができる。そうしたほうがいい、その方がいいんだ・・・
発作的に浮かんだその考えはまるで、すべてをうまく解決してくれる唯一の方法のように思え、けんじさんの頭を占めて離れなくなりました。
そうか、こんなにいい方法があったなんてどうして今まで気付かなかったんだろう。けんじさんは何かに取りつかれたように早足で歩き始めます・・・すべてを解決してくれる場所に向かうために。


展望所から頂上を経て反対側に下って遊歩道から外れ、しばらく歩いた崖の淵でけんじさんは立ち止まりました。その下には吸い込まれそうな深い深い緑。
誰かに見つけてもらえるように、ポケットから取り出した手帳に妻あてと
子どもあてに手紙を残そう、そう思い書き始めますが手が震えてうまく書けません。
「ごめん」それだけ殴り書きするとそろえた靴の横に置き、楽になれる、
そう思った瞬間でした。

「何してるんだ!」
ものすごい力で服の裾を引っ張られ、次の瞬間けんじさんは声の主もろとも崖の反対の茂みにはまり込んでいました。
一瞬何が起こったのか理解できず、茫然としたのち、我に返り再びふらふらと崖っぷちに這っていくけんじさんは、今度は思いっきり殴られていました。

「まだ分らんのか!あんたのしようとしていることは、あんたの子どもたちに苦しい時には死んでしまえって言い残すようなもんだぞ!それが分かってやってんのか!」

まるで雷に打たれるような衝撃でした。
・・・子どもたちに死ねと教えている?私が?
あんなにかわいい子どもたちにそんなこと言えるはずがない・・・
そう思った瞬間、もう枯れてしまったと思っていた涙があとからあとから頬を伝って止まりません。


「あんたが、自分の子にそう教えても構わんと思っているなら勝手にしてくれ。もうわしには何も言うことはない。」
そう言って立ち去ろうとする初老の男性に、けんじさんは思わず叫んでいました。
「自分の子にそんなこと言える親がどこにいる!・・・そんなこと誰が思うもんか!何も知らないくせに、偉そうなことを言うな!」けんじさんが怒りをぶつけたその時です。
その男性はにっこりと笑ったのです。
「そのくらい元気が出たのなら、もうバカなことはせんだろう?」
けんじさんは言い返す言葉もありません。でも、不思議なことにあんなに消えてしまいたいと思っていた気持から解放されていたのです。
もう二度と頭から離れないだろうと思っていた自分を消したい衝動は跡形もなく消えていました。

何が何だか分からなくなり、けんじさんはその場にへたへたと座り込んでしまいました。
その脇に座り込んで、男性はぽつりぽつりと話し始めました。

「何があったかは分からんが、死のうとまでしたのだから相当なことがあったんだろう。
ずいぶんつらいめにあって悩んだ末でもない限り、まだ若そうなあんたが奥さんや子どもを残してまで死のうと思うことなんてなかろうからなあ。

辛かっただろう・・・
わしも若い頃同じことを考えたことがあったよ。仕事でヘマやって、自分じゃ弁償できんくらいの損害を出しちまったんだ。何日も何日も悩んで家族をおいて死ぬしかないと思い込んでな。あんたみたいにふらふらと死に場所探しとる時に同じように怒鳴られたんだよ。
「子どもに死ねと言い残す気か」ってな。

自分が死ぬなんてことなんて吹っ飛んでしまったよ。誰かのためなんていいながら結局自分一人が楽になることを考えとったんだからな。
わがままなもんさ。それじゃあんまり子どもがふびんだ。
なあ、命捨てた気になりゃ何でもできるよ。この歳になれば若いころの失敗や回り道なんて懐かしくて思い出話のネタになるもんだ。生きてりゃあんたもきっとそうなるよ。
・・・今はつらいだろうが、あんたの死んで楽になりたいという思いをあんたの子どもさんに伝えないためだけでも、十分生きている意味があるんじゃないか?今はそれでいいじゃないか。」

命がけで子どもに苦しみから逃げることを教えようとしていた、そう思えば、生きていた方が子どものためになる・・・なんだか、言いくるめられたような、ごまかされたような・・・
そう思いながらも、それでもいいか、そうけんじさんは思い始めていたのです。
その様子を感じ取ったのか、男性はもう一度にっこりするとけんじさんの背中をどんっと一つ叩いて、去って行きました。

その後ずいぶん長いことけんじさんは展望所から景色を眺めていました。
ついさっきまで灰色のもやがかかっていた景色。

今は以前と変わらないきれいな色彩と光にあふれた風景。
もう見ることはないと思っていたその風景を十分味わった後、けんじさんはみんなの待つ家に帰ろう、そう思いました。

ちょっと一言
死んでしまいたい・消えてしまいたい。
長い人生、そう思うくらい辛いことがあるかもしれません。
それをどう乗り越えるか、なんて考えることすらできない時もあるでしょう。

そんな時、子ども(または自分の大事な人)に「苦しい時は人生終わらせてしまえば楽になるよ。」というメッセージを残すことになってしまったら…
そう考えることで、自分を生かし続けることができた人もいます。
荒っぽい考え方かもしれませんが、頭の片隅にでもおいていただければと思います。


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