こうりん (降臨) 34 卑弥呼の秘密

「のう、最近何やら世間が騒がしいようじゃが?」
アマテラスが、雨続きでたまった洗濯物をたたみながら何気ないふうに言った。
「アマテラスはヒミコって知ってる?」
「ヒミコ?」
「うん、二世紀末から三世紀前半にかけて、倭国って言う昔の日本を統治したとされる邪馬台国の女王のことなんだ。」
「やまたいこく?」
「アマテラスが封印されてから数百年以上もあとのことだから分からないよね。」
「そのヒミコがどうかしたのか?」
「随分昔から、邪馬台国はどこにあったのか、って言う論争があるんだ。」
「どこにあったのじゃ?」
「それが、北九州にあったという説と、畿内にあったという説が有力なんだ。」
「えらく離れておるのう。」
「考古学者や古代好きな人達が真っ向から対立してるんだ。」
「それが騒がしい原因なのかの?」
「いや、それだけなら今までずっと続いてることだから原因じゃない。」
「さすれば、何が原因なのじゃ?」
「最近、北九州にある古墳からまだ密閉された、盗掘にあっていない石棺が発見されたんだ。」
「それがそんなに重要かのう。」
「その石棺の中から、ヒミコに関するものが見つかれば、決定的な証拠になる。今まで北九州説、畿内説、どちらも存在を匂わす状況証拠ばかりで決定打は無かったから。」
アマテラスは、僕の目を見て僕の話に耳を傾けていた。
手元を全く見ずに洗濯物をたたみながら。
「石棺の発見に、北九州説の人達は浮き足立ってるし、畿内説の人達は冷めてるし。」
「ふーん、そんなものかのう。」
山ほどあった洗濯物をたたみ終えたアマテラスは立ち上がりながら言った。
「どちらも本当じゃよ。」
「えっ!?」
「どちらも本当のヒミコじゃ。」
「どういうこと?何か知ってるの?」
「卑弥呼というのは、人の名前では無い、ということじゃ。」
「人の名前じゃなかったらなんなの?」
「集団の名前じゃ。」
「集団の名前?どういうこと?わけが分からないよ。」
「例えば、仮に〝甲〟という会社があるとする。」
「うん。」
「その会社が事業を日本のあちこちでやりたいと考えたらどうする?」
「支社をいっぱい作ると思うよ。」
「そういうことじゃ。」
「そういうことじゃ、じゃなくてちゃんと最後まで教えてよ。」
「よく考えれば簡単なことじゃ。大昔に、ある者が日の国を治めようと考えた。その者は各地に自分の部下を置いて、同じ方法で治めさせようとした。」
「だったらどうしてみんな同じヒミコなの?」
「汝は会社を呼ぶ時に、わざわざ社長の名前を呼ぶのか?」
「ううん、会社の名前を呼ぶよ。そもそも支社の代表なんて知らないから。」
そこまで言った時、頭を何かで殴られたような気がした。
「そうか、人の名前よりも集団の名前の方がわかりやすい、ってことなんだね。」
「姫巫女が日の国を治めようと考えた。でもまだまだほとんどが未開の地だったので、卑弥呼という統治集団を作って、構成する者を統治者として各地に置いた。統治者は〝卑弥呼〟という集団の名前をことあるごとに使った。
たまたま、畿内が上手くいって邪馬台国ができ、やがて大和朝廷に発展していった。」
「じゃぁ、北九州を初めとするほかの場所はどうなったんだろう。」
「北九州もそこそこ上手くいったのじゃが、大和朝廷のような国家を作るまでには至らなかったんじゃろう。その他は失敗したんじゃろうなぁ。」
アマテラスはたたんだ洗濯物をタンスに仕舞いながら言った。
「アマテラス、もう一つ疑問が出てきたんだけど。その姫巫女はどこから来たんだろう。」
「さて、どこから来たんじゃろうかのう。」
アマテラスは意味深な笑みを浮かべて続けた。
「今宵は、汝れの好きなカレーじゃ。たんと食べるが良い。」
僕はなんだかはぐらかされた気がしたけど、アマテラスが口をつぐんだのにはなにか理由があると思って追求しなかった。

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