昨今、いいなと思ったこと

 昨日行った喫茶店のご婦人。
会計の時に「いい内装ですね。どなたか有名な方のデザインですか?」と話しかけたら無邪気そうに笑って、「みんな死んじゃったけどね。」とひと言。壁に石を張り付けてくれた職人も当時で四十路か五十路。それから六十年以上もたっているわけだから、墓の中にいるっていう推理が妥当でしょう。彼女は彼らの置き土産の話もしてくれた。
 「うちの店、階段のところにも中とおんなじ照明があるでしょ?カバーに家紋が入ってるやつ。こないだ中の電球を変えてもらったんだけど、その作業が大変でね、業者の人が足場組んでやってくれたの。後ろに落ちたらまず半身不随よ。その人たちが言うのよ、ここを設計した人たちは後のことなんか全然考えてなかったろうって。」
 さて、この後先考えぬ設計というやつだが、一見すると後先考えて作ったような建物以上に、後先を考えて作ったような美しさを持っている。自由気ままな情熱や奇をてらう意気込みではこんなふうに作れない。まるで多神教の神々のうち建築専門の幾柱かが造作もなく生み出したというような安定感。
 紹介してくれた友人のAはそこを「やくざの事務所みたいだったろ」と言っていたが、彼のその台詞も含めて俺は実に満足である。

 誰かが花言葉について話していたので思い出す。
井の頭線沿線のある駅で待ち合わせをしていた時、その人とは初めて会うことになっていたんだけれども、互いがどんな服装でいるかって話になった。顔も知らないわけだから、服装が目印になるわけだ。
 「あたしはね、黄色のパンジーみたいなコーディネイト!」
 具体的な服装について言えば表現が抽象的、一方でイメージとしては非常に具体的なのが思い浮かぶじゃないか。そこで花言葉という奴があったなと。
 「パンジー全体の花言葉は、『もの思い』、『私を思って』。」
 今調べるとこういう花言葉しか出てこないけれど、俺の記憶では、検索結果の一番上に「あたしだけを見て!」とあった気がする。
 「あたしだけを見て」!!
 いつか、友人の誰かがデートに行ったとして、黄色でも紫でもなんでもいい、パンジー配色のコーディネイトで相手のコが来た、なんて土産話をしてくれたらうれしいだろうな、と思う。ニヤッと訳知り顔で笑ってみたい。

 俺は仲間に餓えた純喫茶ハンター。適当な奴を見つけては目をつけていた店に連れ込んで共に飲食をすることを強要している。しかし、悪気があるわけじゃないんだぜ。ちょっと前旅先で「いい喫茶店があんねん。付き合えよ。」みたいに言ったら「ああ、俺喫茶店興味ないから。」なんてそっけない。スヌーピーを憎んでる人がいるって話を聞いたら君も驚くだろ?それと同じくらい驚いたんだ。
 まれに快く付き合ってくれるご仁が居るけれど、彼らの存在は非常に大切だ。そのうちの一人、Bは先日一緒に行った喫茶店のピラフをえらく気に入ってくれた。
 「ピラフ作ったぜ。」って言って、写真送ってくれたんだ。
食ってねえから味は分かんない。ただ見た目は例の店のピラフそっくり!
画面越しに優しいピラフの香りが漂ってくるようだ。
彼とはいつか互いの腕を振るった料理でお食事会をやろうってことになってる。なお、俺はペスカトーレ・ビアンコを作る腹積もり。

 最後に、スーツの件で相談を持ち掛けてくれた友人C。最近はベルボトム・ジーンズの導入に伴う個人的文明開化のおかげで、私服でスーツって機会は三分の一くらいに減少したんだけれど、友人の間では俺とスーツは不可分のイメージとして定着している、らしい。狙った獲物はまず外すっていうのが通例だけど、この点は思惑通り。
 Cはショールームで勤務することに決まったらしく、シャンとしたスーツが必要なのだという。たしかに彼は目鼻立ちがはっきりしていて、受け答えもパリッと歯切れがいいタイプ。俗にいうイケメンで、街を歩けばスカウトにも引っかかる。そしてこれが極めつけ。人の三倍はファッションに「独特の」こだわりがあるんだ。
その彼が頼ってくれるとなるとこっちも嬉しいじゃないの。さっそく心当たりをお教えした次第。
金が溜まったら、是非神田へ。

 
 
 
 

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