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母の思い出 母との関係


少し母と距離を感じていた子どもの頃 

幼少期

幼い頃、上手に甘えられる子どもではなかったし
お母さん子ではなかった私

長女だし遠慮してたのかもしれない。


我慢強い子
だったらしい

子どものくせに
いつも親の気持ちを考えてしまって

嫌な言い方をすれば
顔色をうかがっていた子だった

と自分でも思う。



思春期の頃

少し大きくなって
中学生の頃には

もっとお母さんと仲良くしたくて
寂しいと感じた出来事をいくつか覚えている

仲が悪いわけではなかったし

私は自分で言うのもおかしいけど
「優等生」というやつだったので
勉強だとか生活態度でうるさく怒られることもなかった

それでも
なんたか寂しくて
優しい言葉が欲しかった時期があった

理不尽に怒られることもあったりしたかな


友だちがお母さんとクッキーを作るから
おいでと誘ってくれた時は
友だちとお母さんがすごく仲が良くて
羨ましくてたまらなかった。


学校帰り雨が降ってきて
傘を持っていなくて

「お母さん傘持って迎えに来てくれないかな」

なんて甘えたことを期待しながらびしょ濡れで帰ったら

「なんで傘持ってないの」

と冷たく怒られて
ガッカリしたこともあった。


なんでこんなしょーもない事
いつまでも覚えているんだろね


ある時
大人になって思い返した時
あの頃はお母さんが大変な時期だったのかもしれないと気付いた。

私たち子どもには
大変な事、しんどい事をなるべく見せないように
頑張っていた母だったから。

こんな風に私が寂しく感じてたなんて知ったら
母は傷ついてしまうかな
自分を責めるかな…
ごめんね。
ちがうんだ。
今はどれもお母さんとのいい思い出。

その後高校大学と進むにつれて
私自身が、自分の居場所が見つかり
落ち着いた気持ちで過ごせるようになって

母とはちょっと友だちみたいな関係になった

幼い頃はお父さん子だった私だけど
この頃は味方になってくれるのは母で
割といろいろ大目に見てくれてた


英会話スクールへ通いたい
だとか
ホームステイに行く
だとか

家計の事も考えず勝手なことばかり言った時も
結局は賛成して応援してくれた

ものすごく心配症な母だから
私がアメリカに一人で行くなんて言い出した時は
きっと死にそうな気持ちだったと思う

今自分か親になってみて
私なら心配すぎて耐えられない
(なんて身勝手!)

家計は絶対に楽ではなかったのに
いつも何とかしてくれた母

本当に感謝しかない。

もっともっと感謝してるのは
この先私が親になってからのことなんだけど


母の事を書いていると
どうしても涙が出てきてしまうので…
これ以上書けない
続きはまた後日に…















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