見出し画像

かぼちゃタルト、命燃やして

#エッセイ
#休日の過ごし方
#このレシピが好き
#2000文字



 夏。木々は茂り川がきらめき、自然のパワーを目一杯受けて畑が潤う季節。

 職場のお客さんからも、畑で収穫した野菜をいただいた。

「朝の三時半から畑に行かれたんだって」

「眠そうな顔してたもんね」

 従業員の休憩室に並ぶ、きゅうり玉ねぎ茄子トマト。定番の夏野菜。わたしも含む女性従業員が集まり、夕飯のメニューに浮き立ち悩む。

「あれ、かぼちゃ?」

 わたしの頭より大きなものから、てのひらサイズのものまで。かぼちゃもあった。

「夏にも採れるんですね」

「秋のイメージありますよね」

 男性社員さんも覗きながら会話に加わる。

「このかぼちゃ、いただいていいですか?」

 一番大きなもの、は、さばききる自信がない。二番目に大きなかぼちゃを手に取る。

「どうぞどうぞ、お好きに」

 その他いただいたオクラはスープに、茄子は麻婆茄子やら南蛮漬けに、玉ねぎじゃがいもはカレーや肉じゃがと、食卓を豊かにしてくれた。

 かぼちゃは休日のおやつに変身させた。

 いつも頼りにしている「デリッシュキッチン」のアプリで「かぼちゃ タルト」で検索。息子のにっとも駆け寄ってきて、手伝いたい手伝いたいと騒ぎ出す。

 参考にしたのはこちらのレシピ、

https://delishkitchen.tv/recipes/172088083229966739

 のレビューにある通り「カルディの六号のタルト生地を使う」方法で楽をした。

 にっとが生まれて、手作りおやつを時々頑張るようになった。これまでいくつもタルト型を使って生地から作ってきた。どうもモノグサなのと、細かな作業が苦手なこともあって、納得いく仕上がりにならない。タルトそのものはレシピ通りにおいしい。夫もにっとも喜んでくれる。でももうちょっと生地がなんとかならないかな、やっぱり妥協したらだめか、とモヤモヤが残るのだ。
 それで今回、はじめて市販のタルト生地――カルディの六号のものを購入した。

 昼食の片付けを終えた勢いで、そのまままた台所に立つ。

 かぼちゃを切って皮や綿を除き、電子レンジにかける。「勝手にはじめないで!」と怒るにっとにエプロンを着せる。かぼちゃは固くて切るのが危ないから、と説明をすると納得してくれた。

 ほかほかのかぼちゃをフォークで潰す。これも熱くて危ないから、にっとは見ているだけ。オーブンを余熱しておく。操作を覚えられて勝手に触るようにならないように、これもわたしが。

 潰したかぼちゃを大きなボウルにうつす。ここからはやりたがりの手を借りる。

 砂糖を入れる。泡立て器を一緒に握り、

「はい、まぜまぜ~、まぜま~ぜ」

 卵黄も入れて、

「はい、まぜまぜ~、まぜま~ぜ」

 即興曲を口ずさみながら、控えめな手つきでまぜていく。

「いいにおいだねぇ」

 ボウルに顔を突っ込もうとするのを止めながら、二人で軽く香りをたしなむ。

 生クリームを計量していると「ばしゃんしたい」とボウルに入れたがる。お任せする。激しい手つきに少しだけ生クリームが跳ねた。やると思った。それでも散らないように、大きめの深いボウルを使ったのだ。

 バニラエッセンスを軽く降り注ぎ、またまぜたころ、オーブンの余熱が完了した。カルディのタルト生地を開封し、まぜま~ぜの産物を流し込む。ゴムべらで表面を平らにならし、あとはオーブンさまにお願いする。

 焼けるまでに洗い物、にっとのトイレ、散らかしたおもちゃの片付けをどたばた済ませる。

 ちょっとだけ休憩……とソファに寝転んだところで、オーブンがタルトを焼き上げた。早く食べたいばかりの食いしん坊に急かされるまま、オーブンから取り出す。


りぶさんどは写真が下手なのだ。



「まだ熱いから、冷ましておこうね。触っちゃだめだよ」

「えぇー、いつ食べるの?」

「三時のおやつ。それまで休憩!」

 ソファに駆けて戻ると、ダイブして横になる。利かん坊のイヤイヤ期が、ぎゃーっと泣き叫んだ。

「なんだよ、うるさいな。休みの日くらい静かにしろ」

 自室にこもっていた夫が焚きつける。

「イヤイヤ期に休日もなんもないでしょうよ」

 だらんとソファに身を委ねたまま、わたしはあくびまじりに言った。
 泣いて叫んで地団駄踏んで。にっとは全身でイヤイヤ期の三歳を生きている。スープになったオクラも、陽の光や土の栄養、水を必死に蓄え生きて、びっくりするほど強い粘りの実をつけた。他の野菜もそうだ。あのお客さんが丁寧に接し、虫や鳥から守り、一つひとつに労力をさいて育んだ。肩や足腰に不調を訴えながらも、自らの命の力で、小さな命の世話をする。そうして頃合いまで立派に成長させて、愛情を込めて口にして、次の命の糧とする。

「かぼちゃ自体に甘味があると思って、砂糖は少なめにしたよ」


切り分けたかぼちゃタルトを麦茶と共に。



 約束の時間。タルトを切り分け、家族三人そろって合掌する。朝の三時半。わたしはどっぷり寝ている時間。夏とはいえまだ暗いだろうに、ひとり作業をするお客さんの姿を想像した。

 かぼちゃの柔らかな甘味がどこまでも広がる。早くあのお客さんに会いたい。命を燃やして巡り会えた味わいを、いくらでも伝えたかった。

いいなと思ったら応援しよう!