見出し画像

アルケミスト〜僕の星は誰にも奪えない〜#4

第四話〜ミュゲの花束〜

【四枚目のカード・カップの6】

ピエロのカルサーとテレポーテーションした先は中央に噴水のある公園だった。
朝焼けの美しいそこは、犬の散歩をしている人もいる。
カルサーはタロットのカードを僕に渡し、
「四枚目のカードだヨッ!ずっと君を占ってたヨッ!じゃあね〜!シシシシシッ!」そう言い残してドロンと消えてしまった。

僕はそこにあるベンチに腰を降ろして、四枚目のカードとやらを見ていた。

「カップの6」意味は…確か「懐かしさが胸を満たす」「初恋」「幸せな美しい想い出」…

僕はそれらの意味を持つカードにドキドキと鼓動が高鳴った。…プエラは僕が好きなのかもしれない!

僕の心は変容(アルケミー)した。

胸の音と同じくらいの音がして、その方を向くと車がクラクションを鳴らしている。花を花籠一杯に積んだおばあさんを荒い運転のトラック野郎が通り過ぎる風圧でおばあさんを煽る。
おばあさんは風圧にやられて花籠から手が離れ花籠は坂道を下っていく…。

一目散に僕はその道を転がる花籠を支えるために走り出した。

なんとか間に合い、その沢山の花を積んだ花籠は売り物には出来そうな所で助かった。おばあさんは涙を浮かべで感謝の気持ちと、食べようと用意した朝ごはんのおにぎり一個を分けてくれた。

僕らはベンチに座る。朝焼けはもう溶けて、東のアセンダントからは今日も朝日が昇ってくる。空は高く蒼く、今日も暑い日になりそうだ。虫や鳥が鳴き始める世界は穏やかでこんな平和が続くといいと思った。頬張る僕の横でおばあさんは腰痛の腰をバシバシ叩きながら「さあもう一頑張り!」と叫んだ。

別にその後する事もない僕は配達を手伝うことにした。おばあさんと花屋に花を届けるのはとても良い匂いをさせて、時折花の名前や花言葉を教えてくれるおばあさんが若い少女に見えて仕方がなかった。
深い皺も曲がった腰も、その美しい瞳には勝てなくて、きっと若かった頃も良い匂いをさせて僕たちをドキドキときめかせていたのだろう。(実はその横で僕はプエラを想い出してみたりした。)

配達が終わったところで、僕らはさっきのベンチに腰を降ろした。おばあさんはまたおにぎりを一個僕に渡してくれた。
ずっと気になっていた僕は尋ねてみることにした。

「おばあさんの、その良い匂いは何の花ですか?」

おばあさんは少女のようにクスッと笑って答えた。

「これはね、ミュゲの香りよ。あの人がよくくれたミュゲが、忘れられなくってね。」

実はこのベンチはおばあさんの想い出の場所だと言う。二十年前に亡くなったおじいさんがプロポーズしたのも、よく2人で休んだのも、このベンチだったのだ。
「よくあの人はミュゲの花束をくれたから。その香りがするとね、なんだか今でも涙が込み上がってくるわね。あの人を想い出してしまう。だから私は毎朝、ミュゲを差した花瓶の水を一杯飲むのよ。あの人がいつまでも私の元にいてくれるようにね。」

人は変容(アルケミー)するだけが最善とは限らない。

忘れられないなら、忘れなくてもいい。
変わらないなら、変わらなくていい。

それは時に強さを要する。一人の人を愛し抜く強さ。

「それから」変わった人もいる。
「それから」も変わらない人もいる。

僕はたった一人女性を生涯、愛し抜くことが出来るだろうか。

〜次回〜
#5「電車からの窓」
お楽しみに!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?