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ゆりかごの準備<人を閉じ込める”文化”に対するインド人のあっけらかんとした態度>(ティルパティ 結婚式Day2)

1月中旬から、ベトナム・カンボジア・タイ・インドを旅してきました。

旅の相談を少しさせてもらった方に、私がまちを歩きながら何を思うのかが気になると言ってもらいました。
それが嬉しかったので、その方に向けて、とまでは言えないけれど、そんな気持ちをきっかけに、この旅の中で感じたことなどの記録を ここに残そうと思います。
道中メモしていたことをまとめて投稿します。

普段は、やってることを逐一シェアするようなのはなんか気ままさみたいなのがなくなってしまいそうでやらない派なので、少し恥ずかしさがあったりするのですが、全編を読む人はいないだろうくらいのテンションで覚書として気楽に書いています。
眠れないときとかにふと思い出して読んだりしてもらえたらと思います。

インドでの飛び入り結婚式2日目!
(1日目はこちら ↓ )

念願のサリーを調達

今日は朝から、明日のためのサリーを買いに行った。

サリーは、
・ブラウス(丈が短めの、サリーの中に着るやつ)
・サリー(ただの細長い布)
・ペチコート(スカートみたいなやつ)
の3点で構成されている。
(あとはたくさんの安全ピン)

お店では、レディメイドのもの(レディメイド⇔オーダーメイド)以外は、基本的にサリーはまず1枚の生地として売られていて、その布を使ってブラウスとサリーを作る、という仕組み。

開店直後のサリー屋さんで数多のスタッフたち(インドのちょっと成功してる小綺麗なお店には、5歩進むと1人、くらいの密度で店員さんがとにかくたくさんいる。)に見守られ、というかあからさまにじろじろと見物されながら布を買い、
スラッダー(結婚式に誘ってくれた、新婦の姉)がおすすめしてくれた 宿の前にある仕立てやさんに、ブラウスを作ってもらいにいった。

採寸

(このときは、この後数日にわたって繰り広げることになる 仕立てやとのじりじりとした競り合いなんて、微塵も予知していなかったのである…。)

ゲームのように運転をする、オートドライバー

その後またオートリキシャで昨日と同じ結婚式会場へ。

オートの運転はすれすれもいいところ。
後ろに乗りながら私はずーっとヒヤヒヤしている。

こっちの人も交通事故が起きそうなタイミングでちゃんとにひやっとするのかなあ。
ギリセーフ、みたいなタイミングがあまりにも多すぎて、これを毎日・毎回妥当にヒヤヒヤしてたらさすがに心臓が持たない気がする。

自分は事故らないという自信があるのか、事故ってもいいと思っているのか、心配になるほどの安定感がある。
死を恐れていないのかなあ、ゲームでもしてるような雰囲気で運転をしている。

なんか後ろからわーって来て、写真撮って~って言われた。
やっぱりティルパティ。
ガールズたちの後ろ姿。
話すときゃぴきゃぴしてるけど、凛として美しい歩き姿に自分の背筋も伸びる気がした。

ゆりかごを真っ黄色に染める

この地域の結婚式についての諸々を、いろんな人から教えて貰いながらの3日間。

今日聞いたものの1つは、「将来 新郎新婦の子どもとして産まれてくる子に使ってもらう”ゆりかご”のための布を染める」という儀式について。

ターメリックパウダーを振りかけたりつけたりというのをひたすらする、という儀式で新婦が着ていた白のサリー(儀式後は真っ黄色になる)を、一旦洗わずそのままターメリックで染め、それをあとで女性たちがみんなで協力しながら綺麗に処理して、干す。

しぼってるのが新婦の母。

そのような過程を経て真っ黄色に染まった布は、後にその夫婦に産まれた子供のゆりかごとして準備しておく、というもの。
黄色、ターメリックはなんか幸運のしるし(?)らしい。

「カップルが結婚したら、将来子どもを持つ」という前提が、あたりまえのようにあるこの儀式。
それを、年齢が上の人も若い人もみんな承知の上で、嬉嬉として儀式の詳細をそうして話してくれるというこの状況。

結構おそろしいなあと (まずはじめは)思った。
いろんな事情で子どもを持てないカップルとかは、この儀式結構辛いのでは?とか。

この布を広げて、染み込ませて、余分なターメリックパウダーを取って、みたいな作業をその場にいる女性みんなで協力してやる。

やっぱりここは、性別役割分業というか、”女性”として・”男性”としての存在の仕方みたいなものが未だにとても強く存在する。
かつそんな文化?を、楽しんでいるひと・女性も割と多いように思う(この、楽しんでいる人たちには、違和感持ちつつも文化は文化として守るべきものだからやってるグループと、違和感をそれほど抱かずに従来的価値観をピュアに信じているグループがあるように見えた)。

少なくとも表面的には、反発してる感じはあまりない。
でも逆に、奥底からその儀式やその文化・考え方を信じたり縛られたりしているという雰囲気も案外なくて(とはいえ上の世代はそれなりにある気もしたが)、それぞれの人の芯の部分には自分なりの信念があり、その上で、文化は単なる物語だからこそ、別にその物語の筋を否定する必要も意義もない、とあっさり誇っている。みたいな。

「抑圧的ともとれる記述・表現をする文化を持ち、それを守る」ということが、「その背景にあった思想に同意する」ということには直結しない、みたいな。

この日はみんな黄色のドレスを着てくる(とはいえ参加者も新郎新婦と同じくらいにとにかくたくさん着替えるので、このみんな黄色ドレスという光景は結構すぐに終わる)

いわゆるフェミニスト、っぽいスラッダー

スラッダー(新婦の姉)は、女性として、させてもらえないことや不可能と言われること、見下されることが多いのが悔しくて、自分の中で将来の選択肢として浮かんだもののうち、当時一番女性にとって難しいだろうと思った海軍に入ったらしい。

自分が海軍に入ることがより若い世代の女の子たちの希望になったらいい、先に行って道筋をつくりたいと思った、と言っていた。
今も職場に女性はひとりだけらしい。

スラッダーはそんなところを見ているといかにもエンパワメント!ガールズパワー!って感じでかっこいいんだけど、一方で 抑圧的なストーリーを持つ儀式についてもやっぱり特に違和感を呈するような様子はなく、むしろそういった儀式をとても楽しみながら、そのストーリーや背景を事細かに説明してくれた。
かといってそのストーリーにおける価値観に対して何もおかしさを感じていないかというとそんなことはなく、いやわかるよ、これはさすがに前時代的ではあるけどね、というような淡泊な感じ。

待ち時間に撮った謎の集合写真

なんか、しなやか。と思った。

そうは言っても、どれだけ古き良き文化と日常生活における価値観に線を引いていたとしても、実際はその文化に触れることが人格や考え方に与える影響はある程度大きい。
だからこそ、いつまで、古くからのものを守りつづけようとすることが多くのインド人にとってポジティブなものとされるのだろう、と思った(否定でも肯定でもない)。

ああほんと幸福って相対的だなあ、
幸福だけでなく全てが、
絶対的なものが何も無いような気になる。
全てのものが相対的。矛盾だらけの世の中。

確信を持てるのは自分が感じるものだけ、と思うが、それだって結局は無から生じているものじゃない。

文化は、古いものは、ただそれだけで尊いものなんだろうかなあ、

木にひっかけて乾かされる、ゆりかごになる運命を持つ布。

なんか帰ったらインド映画もうちょっと見たいなあ、と思う。
結構しっかり、インドのことを好きになったかも。
賢明で凛とした人たちと、楽しそうに今を生きてるって感じの人たちばかりがいる。
でもほんと、ひとつの国ではない。
いつまでたってもごくごく一部でしかない、

この日はこのターメリック儀式をしたり、なんか近くのお地蔵さんみたいなのにみんなで参ったり、その後夜は別のところに移動してダンスパーティーが行われたり。

傘を使って超インスタントにこしらえた神輿みたいなのに包囲されて、新郎新婦たちは移動。

路傍のお地蔵さんスポットにて、お清めの儀式

ほんとにめちゃめちゃふつ~~~の道端(車がガンガン通る、赤土の道路の路傍)にある、ゴージャスなお地蔵さんみたいなのにみんなで向かって、ぞろぞろお祈りする。

各地蔵スポットに担当者(神聖)がいて、この黄色いサリーのおばあさんがここの担当者らしく、お祈りしてくれた。
新婦が式の最終日に着るサリーを一旦ここで奉納し、清めたりするらしい。

この神聖な担当者(神のつかいみたいなくらいまであった気がする)、お祈りすることは大変なことだから、と、ちょっとしたおかしを作ってきてくれて、みんなに配ってくれる。
やってることはポップなかんじだけどものすごい仰々しく、いかにもありがたい代物という感じで文字通り手渡しで頂いた手作りお菓子、とてもおいしかった。

一緒に旅してたありまりさんが、このおばあさんになんかすごい深いことをつぶやかれてて、それを隣で聞いて感動した気がするが、何を言われていたか全く思い出せない。

ダンスパーティー

インド映画とかで印象を持ってた、真昼間に老若男女みんなが軽やかに楽し気に踊る、みたいなのとはまたちょっと違う感じだった。

式自体は貸別荘みたいなところでやっているから大音量が出せない、だからこそ別の場所に移動する、というのがうなずけるようなイケイケの音楽が爆音で流され、やたらとまぶしくライトアップされたステージの上で20代以下の若者たちが踊る。

新婦の親世代より上、くらいの人たちはその様子を何とも言えない微笑をたたえながら、椅子に座って眺める。

これを全く酔っぱらわずに彼女らは行っていて、はじめは 郷に入っては郷に従おう、と乗っていたが、結構しんどいなということに気付いてしまってからはもう居心地の悪さばかりが気になって結構むずかしかった。

常々やさしく色々と気にかけてくれる、インドバージョンのアリアナグランデみたいな同い年の子がみんなのノリをどうにか先導していた。

夜のダンスステージで1人、学校の体育の授業でやったというバナナダンスなるものをノリノリで踊っていたキッズと昼間に踊った。私にはこれくらいが丁度よくたのしめた。
キュート。

車でホテルまで送ってもらい、寝た。

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