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【ベクション】VR酔いを軽減するには

はじめに

今日のテーマは「VR酔いの軽減」というものです。おそらくVRをプレイしたことがある人の多くが、1度は経験したことがあるのではないかと思います。車酔いと似たような現象ではあるのですが、少し違う面もあるため、ここでは長時間のヘッドマウントディスプレイ装着及び、VRの利用により目眩、頭痛、吐き気、ふらつきなどを引き起こすような症状を「VR酔い」と呼ぶようにします。

VR酔いが感じられる場面はいくつかあるのですが、よくVR空間内における移動が1つよくある場面として挙げられます。そしてその移動時に生じている感覚が「ベクション」です。ベクションは「視覚誘導性自己運動感覚」などと日本語訳されますが、簡単に言えば「移動してる感じ」です。“錯覚”として捉えられることが多いですが、近年ではこの"錯覚"という枠内に収めることに疑問の声があがりつつあります。ただこれについての話はまた別のnoteでまとめようと思います。ひとまずここではフィジカルな体は動いていないのにも関わらず、体がまるで動いているように感じる現象と覚えてください。

ベクションは、視覚(または聴覚など)からの情報が他の移動を司る器官である前庭感覚などを差し置いて「今移動している!」という感覚を引き起こすことで生じています。つまり、ベクションか感じられている最中には視覚から得られる情報と、体性感覚や前庭感覚で得られている情報などと矛盾が生じているわけです。

この矛盾がVR酔いを引き起こす1つの要因と言われています。2020年の日本バーチャルリアリティ学会誌での特集においても、VR酔いが生じる原因として以下のように書かれています。

VR 酔いの原因は,映像から得られる視覚情報と現実空間から得られるその他の感覚器官に入力される情報との 不整合が生じることで引き起こされると考えられている.

神原 誠之, 自動走行酔い:車酔いとVR酔いが併発する環境で発生する動揺病, 日本バーチャルリアリティ学会誌, 2020, 25 巻, 1 号, p. 19-22

つまり、ここからVR利用中の酔いを抑える方法としてベクションを抑えるというアプローチが取られるようになりました。(ここでは直接は触れませんが、他にVR酔いが生じる原因として考えられているものとして、姿勢が不安定になることで酔いが発生するという姿勢不安定説、視運動性眼振により良いが引き起こされるという眼球運動説も存在します。)

【用語解説】
視覚運動性眼振
外界が大きく動く時、例えば電車中でぼんやりと車窓から景色を眺めている時には、流れていく風景を追うよう遅い眼球運動(緩徐相)と、リセットのための緩徐相とは逆向きの速い眼球運動(急速相)が繰り返される。これを視覚運動性眼振(optokinetic nystagmus, OKN)と呼ぶ。

永雄 総一 視覚運動性眼振 脳科学事典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/視覚運動性眼振

ではベクションを抑える手法としてはどのようなものがあるのでしょうか。まず1つ取られてきた手法としては、視界を遮るという手法が存在します。ベクションは周辺視野でより強く感じられやすいという報告を行っている研究がいくつか存在しており、そこで周辺視野をを覆ってしまい、中心だけよく見えるようにしてベクションを抑えるなどというアプローチが取られてきました。
しかし、これではベクションは抑えることが出来ても、せっかくのVR内での没入感が大きく損なわれてしまいます。そこで取られるようになった手法の1つがオプティカルフローの追加提示によって、ベクションを弱めるという方法です。

ここでは
①指定のオプティカルフローよりも遅いオプティカルフローを同時に提示する
②指定のオプティカルフローとは逆向きのオプティカルフローを提示する

という2手法について説明いたします。

論文紹介①(同方向低速度)


①指定のオプティカルフローよりも遅いオプティカルフローを同時に提示する
ここで参考にしたのは以下の論文です。

若山瑞季, 三武裕玄, & 長谷川晶一. (2022). 低速なオプティカルフローの追加提示による VR 酔い軽減の提案. 電子情報通信学会技術研究報告; 信学技報, 121(381), 91-96

川島祐貴, 福田一帆, 金子寛彦, & 内川惠二. (2012). 異なった速さをもつ 2 種類のオプティカルフローにより生起するベクションの速さ評価. 視覚の科学, 33(4), 152-163

川島ら(2012)の研究により、同方向に動く2種類の速度が異なるオプティカルフローを同時に観察した場合には、
(速度差が大きい場合)→遅い方のオプティカルフローがベクションの決定に寄与する
(速度差が小さい場合)→ベクションはオプティカルフローの密度比の線形和によって決定される

という結果が示されたそうです。

そしてこの結果に基づき、若山ら(2022)は、「低速度で動くオプティカルフローを映像に追加すれば、VR酔いを軽減できるのではないか」という仮説を立てました。

実験の結果、同方向低速度のオプティカルフローを追加で提示した場合、SSQ(Simulator Sickness Questionnaire)という、酔いの程度を評価するアンケートにおいて、酔いの程度が減少することが確認されました。ここから、この実験においては、同じ方向で速度の遅いオプティカルフローを提示すれば、VR酔いを抑えうる可能性が示されたのです。

しかし、この実験で一つ予想外とされているのが、予想と違い、ベクションの値については変化が起きなかったことです。本来の論理展開としては、同方向低速度のオプティカルフローの提示によってベクションが弱まり、それによりVR酔いを抑えられるはずという展開であったため、予想に反する結果となりました。
この点に関して著者は、使用した刺激の違いを考えられ得る理由の1つとして挙げています。というのも先行研究の川島ら(2012)の研究においては、使用した刺激は直線方向に進むベクションを引き起こすとされるものであったのに対し、若山ら(2022)の研究は回転運動を引き起こすとされるものでした。このような違いは、ベクションの強さの感じ方になにかしら影響を与えたのかもしれないと述べています。

しかしながら、この実験において、同じ方向で速度の遅いオプティカルフローを提示すれば、VR酔いを抑えうる可能性が示されたことは間違いないです。

論文紹介②(逆方向)

次に、
②指定のオプティカルフローとは逆向きのオプティカルフローを提示する
について説明します。

ここで参考にするのは以下の論文です。ページには説明動画もあり実験の概要がとてもイメージしやすくなると思われるので、気になる方はぜひご覧ください。

Park, S. H., Han, B., & Kim, G. J. (2022, April). Mixing in reverse optical flow to mitigate vection and simulation sickness in virtual reality. In Proceedings of the 2022 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (pp. 1-11).

この研究では、先ほどとは違い、円形ドットではなく、Unityを用いて作られたVRコンテンツ内にて実験が行われました。

通常我々はオプティカルフローの移動から、物体の移動を感じ取ります。例えば空を飛ぶ鳥を見た場合、そのオプティカルフローは、鳥が移動している方向や速度を示し、各コマでの鳥の位置の違いから鳥の移動を感じ取ってます。他にももう少し自身の移動感と結びつきやすい例を挙げるとすると、例えば普段歩いているときであれば、周辺視野に映るビルなどの建物がオプティカルフローとなります。鳥とは違いビルは「動かないもの」として認識しているので、結果その情報から私たち自身が動いているという判断が行われます。

では、ここに人為的に逆方向のオプティカルフローを提示すれば、移動情報はキャンセルされるのであろうか。そういったことを調べているのが今回の研究です。

今回の実験は宇宙を模したVR空間上で行われ、目の前には様々なオブジェクトが存在しています。よって、首を移動させることでその首の運動と反対方向のオプティカルフローがオブジェクトによって生じます。例えば首を右に振ると、目の前の人工衛星などのオブジェクトが左方向へのオプティカルフローを生じさせます。

そしてそこに、人為的なオプティカルフローを生じさせるシステムを追加します。実験プログラムでは、例えば首を右に振った際には右方向のオプティカルフローを、色のついた点(線)などを用いて生じさせます。これにより、左右方向どちらにもオプティカルフローが存在し、オプティカルフローの情報がキャンセルされるのではないかということです。

結果として、この実験においてもSSQの値は減少しました。つまり逆方向のオプティカルフローを提示したことで、VR酔いを軽減することができることが分かったのです。

まとめ

以上の①②の実験から、
①指定のオプティカルフローよりも遅いオプティカルフローを同時に提示する
②指定のオプティカルフローとは逆向きのオプティカルフローを提示する
これらの手法を取ることで、VR酔いを軽減できる可能性があることが示されました。
ちなみに①の実験においても、逆方向低速度のオプティカルフローを提示した実験を行っており、そこにおいてもSSQの減少がみられました。

ただし、いずれの①②も、通常提示する予定のコンテンツに追加で刺激を与える必要があり、②の論文でも指摘されていましたが、それは臨場感、没入感に悪影響を及ぼす可能性があります。最初に述べた視野を覆う場合とはまた違う形で問題が発生しそうです。

ただし、提示方法を工夫すれば、臨場感をそこまで損なわずに、コンテンツの雰囲気にマッチした刺激を提示することも可能かとも思われます。

そのため、こういった研究が今後発売されるコンテンツにおいてどのように取り入れられていくのかについても注目していきたいと思います。

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