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リンとガザ

12月初め。
新宿のカルチャーセンターへ、叶精二先生の『君たちはどう生きるか』をテーマにした講座を聴きに行った。
授業後、明るく快活な女性が叶先生と親しげにおしゃべりしていた。遠巻きに眺めていると先生から、「池田さん、今日もう帰りますか?この方、玉井さんだよ」と声をかけられた。
『千と千尋の神隠し』でリンの声を担当された玉井夕海さんである。


そこから、叶先生、玉井さんと3人で夕飯を食べに行くという僥倖にあずかった。

道々で、リンの声を収録した20年前のエピソードや、小金井村塾で宮﨑駿監督や高畑勲監督の授業(授業と呼べるかわからないけれど)を受けたときの思い出など、たまらない裏話を流れるように話してくださった。きっとこの20年、当時の話を聞かせろといろんな人にせがまれてきたのだろうなと思った。

お声は、記憶のなかのリンの声よりも高く、可愛らしい感じだった。でも時折声がかすれたときなんかは、もうリンそのもの。感動して心があったかくなった。

化粧っ気がなく、黒髪はオールバックで一つ結び。私のと似たような紺色のダウンを着ていた。
ちょっと私たち雰囲気似てますねと言われたのが嬉しかった。

大きな眼は信じられないくらいキラキラしていて、思わずみとれてしまった。


話しているうち、玉井さんは、とにかく思い切り真剣に生きてきたひとだということがよくわかった。なんとなく、ナウシカの優しさと、サン(もののけ姫)の激しさをあわせもつように思えた。


いつのまにかガザの話題になった。

—タイムラインには死んだ子供の映像が毎日のように流れてくる。これ以上殺さないでほしい。もっと声をあげなければ。諦めたくないんだ—
玉井さんは悲しみと怒りに打ち震えていた。

たとえ直接的な加害行為をしてなくとも、傷ついた誰かの痛みに無自覚・無関心で生きてきた時間が積もり積もって、さらに傷を深くする。ガザに限らず、世の中のあらゆる苦しみに関心を持たず、自分の世界に閉じこもってしまう日本人そのものにも強く憤っているように見えた。

かくいう私も、そういう日本人のひとりで。だから私は恥ずかしかった。
ガザのことなど、「時事としておさえておこう」という程度で深く知ろうとせず、考えもせず、ぼけっとしていた。


帰り道、新宿の雑踏を縫いながら、玉井さんは吐き捨てた。
「日本は滅びればいい!」
ガザの惨状に無関心を貫く人々への怒りがにじんでいるように思えた。きっと玉井さんは、この国がきしみながら壊れる音を全身で聞いているんだろう。


「滅びる」という言葉が妙に印象に残った。
漱石は『三四郎』で、(日本は)滅びると広田先生に言わせている。

「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。(中略)」
「しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう」と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「滅びるね」と言った。

夏目漱石『三四郎』より

司馬遼太郎も、この国は滅びる滅びると言いながら亡くなった。
「俺たちには相当責任がある。こんな国を残して子孫に顔向けできるか」。没する1年前に半藤一利に語ったという。

「これから社会に出ていく池田さんたちに、もう少しましな社会を準備したかった」という玉井さんの言葉と重なる。


私は日本が滅びればいいとは思わないし、正直な話、衰退しながらもしぶとく生き残るんじゃないかと、無邪気に楽観している。無知ゆえの無邪気さか。
そういえば防衛費はみるみる増額されてるし、この国は「新しい戦前」に突入しているのかもしれない。私にはわからない。


帰りの電車。
SNSでガザを検索してみる。亡くなった娘を抱きしめて泣きわめく父親の映像が目に飛び込んだ。
爆撃で建物の下敷きになったのだろうか。すすで全身が灰色に汚れ、首元は血に染まり、ボツボツと不自然な凹凸状にただれているように見える。顔は蒼白というより、もはや土気色。足の先までピンと硬直していた。
まるで人形のようだった。

頭からこびりついて離れない。こういう映像を、玉井さんは毎日のように見ているのだと思った。具体的で強烈な死のイメージが次々と流れ込んできたら、そりゃ冷静じゃいられない。


それにしても、玉井さんは本当に美しいマグマを持った人だった。表面的な会話はせず、心の真ん中から発した言葉でしか喋らない人だった。

圧倒されたし、お会いしてからずっと玉井さんは頭の隅にいる。
でも、
彼女の激しさに自らを押し浸したいとは思わない。本能的に少し危うさを感じてしまった。なぜかはわからないけれど。
私はもっと別の生き方で、別のやり方で、世界を見るべき人間なのではと感じた。
いつか、方針らしきものが定まればいいと思う。


今週の質問:2023年にやり残したことは何ですか?


カメラです!!

子供の頃から写真を撮るのが好きでして。
9歳の頃、親にせがんではじめてもらったクリスマスプレゼントはデジカメで。それを持って写真部に入りました。

去年くらいからずっとカメラを始めたいと思っていて、機会があれば電気屋に寄ってミラーレスのコーナーをウロウロしてきました。一個すでに目星はつけたのですが。
ただ値段も高いしね、なかなか踏ん切りがつかず。
来年は思い切って踏み出してみようかと思います。

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