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ひっそり生きたい
タイトルと写真と内容が、自分の中ではあまり合っていない気がして、でも納得感はあって、とりあえず書いてみよう。なんて思ってる。
私は普段から、ひっそり生きていきたいなと思ってしまうことが多い。
人と一緒に、わいわいすることが得意ではなくて、にぎやかなところや夜に明るすぎるのも好きではない。
できれば少人数でしか集まりたくないし、限られた人としか会いたくないし、一人の時間もたくさんほしいし、夜は暗いところがいいし、自然に囲まれたところがいいし。
でも、そんなのは、この日本では難しいこともわかってる。
なるべく大人数でも集まれるように、いろんな人と話せるように、にぎやかな場所でもいられるように、都会でも過ごせるように。
「平気なこと」を増やせるように努力して、生活する。
自分の性質とは、異なる方にいられるように、生きる。
そう思いながら日々を過ごしていると、知らない間に自分にストレスがかかっていて、どうにもできなくて爆発する。
爆発を何度も繰り返して、10代の私がとった行動は「ストレスをかけないようにすること」ではなく「爆発させないこと」もしくは「爆発を小さくすること」。
この2つの行動、似ているようで、違う。
根本的にストレスをかけない方法を探すべきだっていうのはわかっていたのだけど、その時の私はそれができなかった。自分にストレスをかけない方法なんてないと思っていたから。
そもそも私は、自分が他の人とは色々なものが少し違っていて、周りと同じように生きることができなかったから、その中で自分がストレスをかけないようにするなんて、無理なことだと思っていた。
20年以上そんな自分と付き合ってきて、自分のことが少しずつわかってきた今でも、なかなか理解できない時もある。
今までは、そんな自分が「どうすれば今の場所で少しでもストレスをかけないように生きられるか」「どうすれば自分のご機嫌を取れるか」ということを考えていたことが多い。
20代真ん中になって「ひっそり生きたい」という気持ちを消すことが無理だということに、やっと気づいた。
だから、自分が自分を失わなくていい環境に自分を置くことにした。
今までみたいに、刺激が多い環境下で心地よく生きる方法ではなくて、そもそも心地よい環境下に自分がいることを心がけるようになった。
とは言っても、出社することもあるし、仕事の付き合いもあるし、人に会わないといけないこともある。自分ががんばりたいことのためには、苦手と向き合わないといけないこともある。
ストレスが全て悪いというわけではないし、適度な刺激にもなる。
自分の心地よさと、やりたいことと、その中での適度なストレスのバランスを保つ方が、私には合っている。
でも、ひっそりと生きたいという気持ちは変わらない。
なんてことを、思った日。