M2L2:第二モダリティの第二言語
今年もやってきましたアドベントカレンダー #言語学な人々
毎年企画して下さるマメなまつーら先生ありがとうございます。
何を書こうか毎年悩むのですが、今月は、海外ゲストに帯同して3カ所の見学&4回のリレー通訳付き講演を行って、さらに日本言語学会の「言語権セミナー」なるものを昨日担当して、ずいぶん息切れ状態なので(毎年そうじゃないか)、英語ーアメリカ手話の通訳がある環境で「目について覚えたアメリカ手話(ASL)の単語」を紹介することにしました。なぜ「目についた」のかについて考えてみると調音が日本手話にない特徴をもっているという点が「まだASLをほぼ知らない」目で何を感じたかについて書いてみることにしました。
※ちなみに表紙の手話スターバックス(国立店)のマグカップは私も持っているが、指文字はアメリカ手話のアルファベット。日本の店なら日本の指文字でのグッズも欲しい。
M2L2
さて第一言語をL1、第二言語をL2というが、今日はM2L2の話だ。M2とは第二モダリティ。私にとってはM1=聴覚・音声モダリティの言語で、M2=手話・視覚言語が第二モダリティ。この用語の使い方がちょっと難しいけれど、M2の一つ目の言語はM2L1なのだろうか(第二言語だからM2L2のような気もする)。M2の1つめの言語という意味でM2L1という言い方が許容されるならそれが私にとっては日本手話で、M2の二つ目の言語=M2L2であるアメリカ手話に遭遇するとどうなるのかについて報告することにする。
アメリカ手話にさらされる
11月の頭にアメリカに渡航して、手話通訳がフルでついている学会に参加した。ニューメキシコ大学のHDLS(High Desert Linguistics Society、高地砂漠言語学会)である。※開催地のアルバカーキは1800mの高地。
さて、HDLSは、どこにいってもASLの通訳がついているので、つい通訳を見てしまう。日本手話がある環境ではないので英語を聞きながらASL通訳をぼんやり眺めていると、いくつか特徴的な語が理解できるようになった。拾える語というのは文末にあったり、繰り返し出てきたりしたものなのだろうが、拾った語をいくつか提示していこう。
前提として、「日本手話はわかる」「英語もわかる」「ASLはほぼ使えない」である。
調音が気になって把握したアメリカ手話の単語たち
アメリカ手話は、英単語+ASLで検索するとYouTubeビデオがとても簡単に拾える。日本でもこの数秒の単語動画があってほしい思うのだが、残念ながら、ない。NHK手話CGの単語リストがあるのだが、ここに貼り付けられないので気になる人はこちらから検索してみて欲しい(それにしてもなぜ目が巨大なアニメ絵になってしまったんだ。まえのスンとしたお姉さんにもどしてほしい…)。
さて、私が気になって把握した単語というのは、それなりに「日本手話にない特徴がある」ので目に飛び込んできたらしい。
(1)EXPERIENCE
頬のあたりで手を開閉する単語は日本手話には少ないので目立つ。(手型変化がともなって頬の位置になるのは「すっぴん」)
(2) STORY
閉じながら手が左右に開いていく調音も珍しい。しかもねじりが加わる。ねじりながら外に広がっていく日本手話単語としては「遺伝子」や「縄」があるのでそこまで奇妙ではないのだがこれらは手の開閉は伴わないのでやっぱり異質な感じがした。(手の開閉があってねじりがないのは「日本」「なべ」)
(3) IMPORTANT
シンプルに動きが大きい。そして文末コメント的によく出てくるので目立つ。学会発表だからか多用されていた。この軌道を描く単語は日本手話にはない。円を描くもので両手のものは上から下である。下から上という円がとても知覚的に目立つ。軌道が特殊という意味では、よその手話話者から見ると、日本手話の「結果」は気になる単語になるだろう。
(4) MONEY
予算が〜とかいう話のときにどうしても必要になったので教わった。この手型で甲側をどこかに打ち付ける単語は日本手話にない(はず)。この親指を閉じた平たい手型自体が、日本手話ではほとんど使われない(平たいものを表すCLで使うが)。
(5) COUNTRY
これは前から気になっていた単語。日本手話は肘の位置で手をうごかす単語はないので、とても目につく。肘のところに反対の手が来る単語は「畳」とか「新聞」があるが、この場合、肘の位置でなにかを動かすわけではないので、やはり特徴が異なる。
3日間も対訳で聞いているといくらかの単語は拾える。それ自体はとくに不思議なことでもないが、私の目は「日本手話にない動き」にとても敏感になっていることがわかった。
これは、音声言語でもよくある現象で、外国語を聞いたときに「自分の知っている言語にない音」が気になるのと同様であろう。たとえば、コイサン系のクリック音とか、中国語なら喉をこする「h」の音(摩擦音)とか。手話の場合、音素として、手型・位置・動きが上げられているが、今の私は日本手話を起点に「違う音素」が気になる知覚体系を有しているようである。
こうしたことを考えると、日本手話を第二言語として研究するのも大事だが、日本手話以外の手話言語と比較しながら研究しないと日本手話の特徴はわからないんだろうなあと思うのであった。
「わからせてくれる」手話話者達と国際手話のなりたち
私は日本手話以外の手話はほぼ使えない。ASLの数字とアルファベットと挨拶を多少知っている程度である(つまり、海外旅行に行く前の付け焼き刃程度で覚えるものしか知らない)。学会ではアメリカ手話を使う人々が多かったが、私は日本のろう者とふたりで日本手話でやりとりをしていた(そのろう者はアメリカ手話と国際手話がまじった言語使用で周りの人と会話していたのだが)。どうやら手話で話していると「あいつはろう者だ」と思う人がいるらしい。そしてアメリカ手話で話しかけられる。「ASL できない〜」とASLでいうと、それでも話を続けてくれる人がいるのがなかなかすごいところだ。この「それでも続けてくる」のがすごい。日本で「I can't speak English」といったらそこで会話が終了するのに…。
そういうわけで、共通の手話言語がないにもかかわらず、手話で「わからせてくれる」ひとに遭遇した。その人が日本手話を知らなくても、私がアメリカ手話ができなくても、私になにやら「わからせてくれる」のだ。とても不思議な体験だった。ちなみにこれ、どの人もできるわけではない。ろう者だからできるのかと思ったが、そうではなさそうだった。ASLだけができる人だと難しいらしい。それに、聴者でもその技を使える人がいて、その人は複数の手話言語を知っている人だった。
Stephen Levinsonは、フィールドでろうの青年が共通言語もないのに一生懸命経験を共有してきてそれを理解した経験を「Human interaction engine」の証左にしているが、私はここにもう少し記号的な何かがあるように思った。
人はこれをCross-signingと呼ぶらしい。
国際手話は、2つ以上の手話言語を習得している人が使えるようになる手指コミュニケーション方法だと言われたらなんだか納得してしまう。日本手話が母語のK先生が「国際手話はASLができればだいたいできる」といっていたのをこれまで、「国際手話がASLに似ている」からだと思っていたが、どうやら(1)日本手話、(2)アメリカ手話の2つの手話言語を知っていると(3)国際手話 ができるという仕組みなのかもしれない。森壮也先生もそうおっしゃっている。
2025年はデフリンピックが東京で開催されるので、その準備で国際手話教室などがさかんである。たまに「日本手話は日本でしか通じないなら世界で通じる国際手話を学びたい」という人もいるみたいだが、国際手話の仕組みを考えると、なにやらそれは正統派のルートでないのかもしれない。そもそも国際手話は、この「共通の手話言語がない手話話者相手にわからせることができる」能力に根ざしているようなコミュニケーションコードなのだから。
ぼんやり眺めてわかるASL
12月はASLと英語を話す先生にアテンドしていたので、ASLで話している様子を一生懸命見ていれば「今何を話しているか」くらいはわかるようになった(細かな点の真偽は不明)。これは不思議なことだ。というのも、これまでそんなことはなかったし、未習の言語や、本当に初歩の初歩しか知らない第二言語(音声言語の場合)だと、そこまで「わかる」感が得られることはまずないからだ。対訳で見続けたからなのか…? 手話言語の特有の空間使用といくつかの単語の知識がそのような現象を引き起こしているような気がしてならない。
ろう者は「別の手話言語も、1週間もその話者と話していればそれなりにできるようになる」みたいなことをいっていたが、音声言語とは異なる何かがありそうな気がする。
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HDLSでの通訳の話はこちら
今年書いた手話を知るためのブックガイド
偏見をぶった切るためのアンサー
国際手話についてちょっとだけ書くためにいろいろ調べた形跡がちょっとだけ残っているチャプターが入っている本。いつの間にかKindle版が出ている。
ウェブアクセシビリティ×手話翻訳の記事が入っている。
よいお年をお迎えください。
の前に、良いクリスマスを。