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公正取引委員会の「クラウドサービスに関する意見交換会」資料まとめ

公正取引員会のサイトに、クラウド市場の実態や独占禁止法上及び競争政策上の考え方を整理するための「クラウドサービスに関する意見交換会」の資料や議事が公開されていました。

個人的に気になっている次のポイントにフォーカスして、内容をまとめたのでシェアします。
① クラウド市場の健全性(競争が阻害されユーザが不利益を被るほどに寡占が進んでいるの?」)
② クラウドロックインの実態(実際に起きているの?何が問題なの?)

なお、この検討会では主にクラウドサービスのデジタル市場における基盤・構成要素としての役割に着目するという観点から,IaaS及びPaaSを主な対象としているそうです。

クラウドサービス分野の実態調査について

まず、事務局資料には、利用者アンケートや事業者へのヒアリングに基づくクラウド市場の実態調査が掲載されています。上述のポイントに関係のある、かつエビデンスに基づいている(と私が判断した)事実をまとめます。

市場集中度が高まっている

こちらは多くの人の感覚と一致していると思われますが、IaaS・PaaS市場では、AWS等3社(AWS、マイクロソフト、グーグル)の寡占化が年々進んでいるようです。

なお、日本における市場シェア上位3社合計シェア(青色)とAWS等3社合計シェア(赤色)が分かれていますが、これは日本においては上位3社 = AWS等ではないからのようです。

規模の経済が働く

クラウドサービスでは設備や運用において規模の経済が働く、されています。根拠として次のAWSのセグメント別の収益と収益当たりの営業費用の関係が示されていました。

ほとんどの利用企業が「マルチクラウド」を導入していない

次のアンケート結果からは、ほとんどの利用企業が、複数のクラウド事業者のIaaS・PaaSを導入し業務ごとに使い分ける「マルチクラウド」の導入を行っていないことがわかります。また、導入していない理由としては、「併用する必要がない」が最も多く、次にコストの問題があがっています。

多くの企業は仮に現在利用中のクラウドサービスが値上げされても切替は行わず現在のサービスの利用を継続する

切替に関するアンケートでは、多くの回答者が、仮に現在利用中のクラウドサービスが5%~10%値上げされたとしても、切替は行わず現在のサービスを利用し続けると答えています。切り替えを困難にする要因を見ると、ほとんどがコスト(費用・時間・人手)で、契約による制限等はほとんど上がっていません。

意見交換会の内容(市場の独占について)

ここからは、上述の資料をベースにした意見交換会の議事を見ていきます。実際の会議のアジェンダは次の通りです。関連する意見が複数の議題で出ていたようなので、この記事では時系列は無視して関連するトピックを独断でグルーピングして紹介します。

(1)クラウドサービス市場の今後の見通しについて
(2)クラウドサービス市場におけるベンダーロックインの回避、スイッチングの促進
(3)クラウドサービス市場において今後注視すべき行為
(4)その他

規模の経済、範囲の経済、ネットワーク効果によるAWS等3社への集中が続くとの意見

AWS等3社への集中については、ますます進んでいくとの意見が多いようです。その理由としては、上述の資料にも記載があった規模の経済が働くというものが最も多かったのですが、それに加え、AWS等3社(AWS、マイクロソフト、グーグル)の提供サービスの多さと、関連する複数のサービスによるシナジー、つまり範囲の経済が働くとする意見も見られました。

利用者から見たAWS等3社に対する印象としては、先行者かつ大規模な事業者であるが故にセキュリティ等の面で安心感がある。また、提供されるサービスの種類の多さや、他のサービスとの接続容易性といった点も魅力である。(略)

さらに、サードパーティによる大手ベンダの基盤上でのソフトウェアやエンジニアリングコミュニティの発達によるネットワーク効果もあるという指摘があります。

(略)さらに、クラウド上のサービスの利用に当たって特定のフォーマットの利用が必要とされるとネットワーク効果が発揮されやすくなると思われる。例えば、セールスフォースのように、あるサービスをプラットフォームとして、その上にいろいろな機能・サービスを組み込んでいく形態の場合は、ネットワーク効果が働くこととなる。

(略)例えば、AWSは、他のクラウドサービスに比べて明らかにエンジニアリング コミュニティが発達しており、問題があれは相談できる人がたくさん周りにい るという状況ができている。(略)また、サードパーティがAWS 上で利用されるソフトウェアをどんどん作っている。

集中はしているがAWS等3社での競争は起こっているという意見も

AWS等3社への集中は否定しようがない事実ですが、競争は起こっているという意見もありました。

(略)一方、現状ではAWS等3社間での競争があり、利用者は機能ごとにAWS等3社の中から最適なものを選ぶことができている。

AWS等3社はそれぞれが時価総額トップレベルの企業であり、この3社による競争の結果、撤退する社が出る可能性は低いと思われるが、IaaS・PaaSには多くの種類のサービスがあり、この中で各社得意な領域や不得意な領域があることから、徐々に棲み分けが進んでいくのではないかと思う。

(棲み分けが進むことについては、その結果各企業が自社の得意領域で独占的な地位になってしまうことを意味するという捉え方もあると思いますが、議事録の文面からそのようなネガティブな印象を受けなかったため、ここに分類しました)

既に競争上の問題が生じていると懸念する意見も

一方で、競争・独占禁止の観点で既に問題が生じていると懸念している有識者もいるようです。特に様々なサービスを主力サービスにバンドルさせて売る「抱き合わせ商法」については、仮に優れたサービスを開発できた企業がいたとしても、参入が困難になってしまっていることから、懸念を示す意見が多いようでした。

(略)また、現在、AWS等3社のような大手クラウド提供事業者は、基本的には様々なサービスをバラ売りしているが、現状でも大口利用者に対しては、個別のサービスごとに利用する分を契約するのではなく、様々なサービスをまとめて一括・定額で契約する手法を採っている。大手の事業者がそのような販売方法を採ると、たとえベンチャー企業が非常に優れたサービスを1つ開発したとしても、参入することは難しくなると思う。

あるグループウェアの提供事業者は、多くの企業にとって不可欠となっている自社サービスを、本来は独立した個別のサービスになり得るにもかかわらずグループウェアの中に組み込んで提供しており、ばら売りは一切していない。つまり、新サービスの競合他社を排除するために、既に圧倒的に市場支配力を有する既存サービスに様々な新サービスをバンドルさせて提供しており、独占禁止法上、非常に問題であると考えている。(略)

本日の議論では、クラウドサービスについて抱き合わせなどの問題が起こっている、あるいは将来、起こりそうであるとの指摘があり、実際にいろいろな競争上の弊害(harm)が現に起こっているようにも思われる。このような行為については独占禁止法を実際に発動するということを報告書等に明記することが必要である。

AWS等3社の中には、既存のIaaS・PaaSやグループウェアの一環として提供するサービス・機能の領域をどんどん拡大する動きを見せているところもある。拡大先の領域でサードパーティの事業者と競合することも当然あり、IaaS・PaaSやグループウェアをトリガーにして拡大していくという方法には懸念を持っている。

価格の引き上げに対する懸念

市場の集中については、それによって競争が阻害されていないか、独占・寡占企業による自由な価格設定ができてしまう状況になっていないか、が重要だと思いますが、既にクラウド事業者による価格の引き上げが行われている例もあると言います。

クラウドサービスの価格については、SaaSのレイヤーでは大手クラウド提供事業者が次々と値上げを行っている。IaaSレイヤーでも先日値上げを発表した提供事業者が出てきた。利用者が何年か利用して抜け出せなくなった頃合いを見計らったかのように値上げをするということが実際に起きている。

欧州のクラウド提供事業者の団体であるCISPEが委託した報告書において、あるクラウド提供事業者との取引では、初回の契約が安くても2回目以降で約30~40%程度価格を引き上げてくるという傾向が指摘されている。(略)

意見交換会の内容(クラウドロックイン、スイッチングについて)

次に、クラウドロックインの回避やスイッチングの促進に関するトピックを見ていきます。

クラウドベンダがロックインを促進、スイッチを阻害していることがあるという指摘

この観点では、まず、クラウド事業者側がロックインを促進したりスイッチを阻害する施策を行っているという指摘があります。

クラウド提供事業者は、データを移行するサービスは用意しているが、データ転送費用について、一般的にデータを入れるときは安いが出すときは高く料金を設定することで利用者がコスト面でスイッチングをとどまることを政策的に行っているようである。

あるSaaSに関して利用者がクラウド提供事業者から営業を受けて4年契約を締結していたために、他の事業者のサービスに切り替えようとしても切り替えられないという例があった。4年というのはオンプレミスでサーバーを構築するのと同程度の期間の長さであり、クラウドサービスにおいてこのような長期契約を締結させるのは問題ではないか。

サービスに関する情報提供が不足しているという指摘

ユーザがロックインの状態に気づけなかったり、いざスイッチしようとした場合のコストをユーザが把握できていないのではないか、という指摘が多く上がっており、このことから、クラウド事業者に情報の提供を求めるべきだ、という意見が多いようです。

各ユーザー企業がクラウドサービスにどの程度依存しているのか、あるいはクラウド環境の中で自分たちのやっていることがどの程度クラウドサービスと密結合になってしまっているかということについて、ユーザー企業自身で認識することは難しく、気が付いたらそのクラウドサービスから退出できないという状態に陥ってしまっていたということが往々にしてあり得る。したがって、そのようなユーザーの状況をユーザー自身が理解しやすいようにする観点から、クラウド提供事業者にサービスに関する情報提供をしてもらう必要性は高い。(略)

(略)スイッチングの際は、データ移行に多大なコスト、時間、労力が掛かるものであり、そのうちコストがどの程度になるのかという情報については、あらかじめ利用者に明示しておくことをクラウド提供事業者に求めるような枠組みが必要ではないか。

とは言え、次で指摘されているように、クラウドベンダ側にロックインの回避やスイッチング促進のための情報提供を行うインセンティブがないことは認識しておく必要がありそうです。

ベンダーロックインの回避やスイッチングの促進のために必要な情報をクラウド提供事業者が利用者に提供することや、契約締結前にそのような情報を利用者が獲得しておくことは必要であろうが、クラウド提供事業者には、ベンダーロックインが生じた後に価格を上げる、サービスを悪化させるといった形で収入を上げるインセンティブがあるので、ベンダーロックインの回避のために、あらかじめデータの移転費用や、スイッチングコストに関する情報を利用者に開示するインセンティブはないと思われる。

クラウドインテグレータへの期待も

クラウド事業者側にはロックイン回避やスイッチング促進に関する情報提供のインセンティブはないわけですが、その役割をクラウドインテグレータに期待する意見もありました。

(略)クラウドインテグレータがそのようなユーザーの状況について客観的な評価・検証を行って、データの移行性について可視化できるような状態を作れば、移行の容易性は高まるのではないか。

スイッチングコストを下げるという観点からは、クラウドインテグレータの存在も重要である。複数の提供事業者のクラウドサービスを使いこなすことができる業者が多く存在し、「この技術を使えばクラウドの移行が可能ですよ」という提案をしてくれたりすると、クラウド提供事業者間の競争が働き続ける。(略)

なお、クラウドインテグレータについては、クラウド事業者による囲い込みを懸念する意見もありました。いたちごっこですね。

あるクラウド提供事業者が自社のパートナーであるクラウドインテグレータに対して他のクラウド提供事業者のサービスを取り扱わないよう圧力をかけたという話を聞いたことがある。このようなクラウド提供事業者によるクラウドインテグレータの囲い込みは問題である。

より強い法律的なアプローチの検討の提言

また、既に法律的なアプローチをとっている他国の例を挙げ、同様により強い法律的なアプローチの検討に関する提言もありました。

情報開示を求めることは非常に重要なアプローチである。資料2の12頁に記載のEUのデータ法案では、情報を開示することに加え、スイッチングプロセスをクラウド提供事業者側が積極的に支援することも求めている。さらに、アプリケーション部分も含めて、オープンスタンダードを欧州委員会が採択して義務付けることができるといったような踏み込み方までしている。もともとは、同資料にあるとおり、自主規制でやっていこうという方針だったが、これが機能しなかったため、データ法案という形になった。

EUのデジタル市場法が先日合意されたが、その中では、事前規制として自己優遇の禁止、データ移転のツールの提供義務、他者のデータを自らの事業に利用するといった行為の禁止などを規定している。クラウドサービスもデジタル市場法の対象になっており、日本でもデジタル市場法のようなものを考えるということが、別のアプローチとしてあり得る。

ユーザが合理的に判断した結果ある程度のロックインは仕方がないロックインは仕方ないのでは、という意見も

主に懸念や問題点がメインに話されている中で、スイッチングの選択肢は確保されている中でユーザが合理的に判断した結果、ある程度のロックインは仕方がない、という意見もありました。

(略)現状でもある程度はポータビリティは担保されていると思う。(略)
クラウドサービスのメリットもある中で、そのメリットを享受する代わりにある程度のロックインは仕方がないと利用者が判断することも合理的である。(略)故意にスイッチングを妨げるような行為は排除すべきだと思うが、ある程度までは利用者の判断に委ねてよいのではないか。

通常、ユーザー企業においては社内インフラの標準化や最適化が重要であるが、標準化・最適化を進めるとおのずとベンダーロックインやプロダクトロックインに陥ってしまうという関係性にある。しかし、ロックインには3つの問題点がある。1つは維持費・ランニングコストの自主的なコントロールが難しくなる可能性があるということ、次に世の中の技術革新への適応が進まなくなるということ、最後に、スイッチングコストが高くなってしまうということである。逆にいえば、ユーザーとしては、これらの問題について受入れ可能な上限を事前に決めておくことで、ある程度のロックインは許容することができる。(略)

事務局の説明の中で「マルチクラウド」という言葉が出てきたが、IaaSについては提供事業者が異なる複数のサービスを併用するメリットは少なく、SaaSについてはこうした併用が広く行われている。IaaSの場合は、むしろ、パブリッククラウドとプライベートクラウド又はオンプレミスを連携させることができる環境、いわゆる「ハイブリッドクラウド」を可能とする環境の整備が必要ではないか。(略)

意見交換会の内容(その他の観点)

最後に、冒頭で述べた個人的な関心とは別の観点で興味深い内容があったので紹介します。

価格の妥当性に関する評価

価格については独占禁止法の観点からは少し逸れますが、価格の妥当性に対する言及がありました。

(略)クラウドサービスは複雑なメータリングをして課金されており、利用者にとって中身を全部理解するのは容易ではないと思われる。料金の在り方をどう評価するかというのは隠れた論点としてあるのではないか。

利用者がクラウドの評価で困るのは、費用の妥当性の評価である。カリキュレーターのような形で公開されているが、そもそも設定価格が公正妥当な水準なのかを検証できない。(略)

料金体系や価格の妥当性については独占禁止法上の問題というより、例えば契約の条件、契約の内容の問題であり、クラウド提供事業者は契約の当事者として利用者に説明する責任がある。独占禁止法上、価格が高いこと自体を規制するのは難しい。チャレンジングな話であり、現段階でできるかどうかは別として、欧州では、例外的対応ではあるが、競争法による独占的事業者の高価格設定への介入が行われている。(略)

データ保護の観点

特定の、特に米国のクラウド事業者への集中は、データの集中を意味するとして、懸念を示している意見もありました。

(略)いかにして市場集中による弊害を牽制するかという点も大きな課題となる。取り分け、市場集中が進むということは、少数のクラウド提供事業者にデータが集中するということを意味する。データのオーナーシップや利活用についての議論も踏まえて検討していくべき課題である。

(略)クラウドサービスについては、市場が3社に集中していることというより米国の事業者に集中していることも問題である。以前から指摘されているが、日本の事業者や個人のデータが米国に渡ってしまっている。このような状況を前提として、ServiceLevelAgreement(SLA)の中に、スイッチングの条件だけでなく、データが置かれる場所や取引終了後のデータの取扱いについて記載を求めるなど、データの在り方にも配慮する必要がある。

(略)ガバメントクラウドにはGCPとAWSのクラウドサービスが選定されるなど米国事業者のクラウドサービスが日本のインフラに広がっていく中、万一、日米間で問題が生じたときには、日本の事業者や個人のデータがインフラごと完全に米国に持っていかれるという状況に至るおそれもある。(略)

データは共同利用できる性質を有する財であり、一般論としてデータシェア リングが可能な状況が方向性としては望ましく、データが囲い込まれることに よって、様々な弊害が起こり得る。IaaSレベルで独寡占が進行するようなこと があっても、いざとなれば退出することが可能な状況というものをいかに維持 し、確保していくか、そういうプレッシャーをクラウド提供事業者にかけてい く仕組み、制度が必要である。

社会インフラのクラウドへの依存度を考慮した上での法的アプローチの提言

最後に、教育や医療なども含めた社会インフラのクラウド依存度を考慮して、EUのデジタル市場法のような法的な介入の提言もありました。

(略)通信インフラや、恐らく教育、医療なども含め社会インフラごとクラウドが飲 み込もうとしている状況になっている。他方で、本日も議論されているように スイッチングは難しくなっていくと思われる。これらは避けられないとの前提 で、いかにクラウドベンダーに、抱き合わせといった周辺のエコシステムに悪 影響を及ぼすような行為をさせないか、そういう視点で政策を考えていくこと が必要である。大手クラウド提供事業者は国家以上に巨大な存在になってきて おり、EUのデジタル市場法のようなものの検討も重要ではないか。

サマリだけでだいぶ長くなったので、冒頭の疑問に対する現時点での意見は別記事にまとめました。

以上です。

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