石丸伸二が直接対決を恐れる宿敵 第2回 ~伏線・河井夫妻選挙違反事件~
前回の記事
傷心の東京都知事選出馬
この記事を執筆している間に、東京都知事選は現職の小池百合子が3回目の当選を決めた。ネットで話題をかっさらい、創業実業家から選挙資金を調達し、大勢のボランティアに支えられた石丸は、当落ラインには程遠い得票に終わった。
しかし、知名度も実績もある蓮舫にこれほどの差をつけて得票2位とは、誰もが予想していなかったに違いない。市井の都民の多くは、選挙前には石丸など全く知らなかっただけに、本人さえもにわか人気だけで当選できるとは夢にも思っていなかったであろう。
安芸高田市長に就任してから、常日頃より東京都の行く末を憂いていたとは、私も寡聞にして知らないが、石丸が東京都民の関心を大いに惹いたことは間違いない。都知事選の結果を本人はどう見ているのか知る由もないが、安芸高田市での実績が万人に認められて、喝采の中で広島県知事の座に就くことが、安芸高田市長選に立候補する決断をした時点において、最も望ましいシナリオであったはずである。
石丸が意気揚々と都知事選に名乗りを上げたとお考えなら、それは美しき誤解であると断言する。故郷の人々から審判が下る前に、体よく東京に逃げたと言っても差し支えない。目下のところは石丸に政治家としての目立った実績はないと言ってもいいであろう。
これまでに議員経験もなく、安芸高田市の4年足らずで議会との対立に明け暮れて、自分にはとても首長が務まらないことを自覚して、再び首長になることを諦めて国政進出を目論んでいるかもしれない。
しかし、もし国政選挙に通ったら誰とつるむつもりなのか。既存政党から支援を受けないのが石丸流である。下手に誰かと手を組めば、石丸フィーバーを支えた無党派層の支持を失ってしまう恐れもある。また、お世辞にも人を束ねる力があるようには見えず、石丸新党を結成したとしてもすぐに空中分解するのが目に見えている。
はたまた、岸田文雄のお膝元である衆議院広島1区に興味を示しているが、仮に出馬したとしても勝ち目はない。首相の牙城にさえ挑みかかる改革者のイメージを演出したくて口にしてみただけであろう。しかも、もし首相の対抗馬として出馬して負けても、自らの看板に傷はつかない。必ずしも首長だけが石丸の選択肢でないことは頭に入れておいても良さそうである。
次の一手に想像は尽きないが、石丸が本心では広島県知事を目指していると想定して、筆を進めることにする。
前回の記事で、石丸と同じ日に市長選に当選した青年を「宿敵」とほのめかしたが、その具体的な人物像に触れる前に、なぜ石丸の故郷である安芸高田市以外にも、全く同じ日に新しい市長が誕生したのかを説明せねばなるまい。
これからしばらくは、石丸とは直接に関係がない話が続くが、広島県知事になれるかの重要な判断材料となるので、どうか我慢してお付き合い願いたい。
溝手顕正と安倍晋三
参議院広島選挙区は、1993年からは広島県三原市長の2期目途中で参議院に欠員が生じたことにより、国政に転じた溝手顕正の指定席であった。
溝手は自由民主党宏池会(初当選時は宮澤派、現在は岸田派 ※休眠中)に所属した。
溝手は参議院議員でありながらトントン拍子に出世し、2006年には第1次安倍晋三内閣において、国家公安委員長・防災担当大臣に任命された。しかも大臣政務官・副大臣を経験していない大抜擢であった。
しかし、2007年の参院選て民主党に大敗したが、安倍は続投に拘った。溝手は閣僚にもかかわらず「首相の責任はある。(続投を)言うのは勝手だが、決まっていない」と激しく批判した。2012年には、総裁に返り咲いて、野田政権に消費増税関連法案賛成と引き換えに解散を迫る安倍を、「もう過去の人」と切り捨てて物議を醸した。
この恨み、晴らさでおくべきか
安倍は溝手の謀反とも思える仕打ちに、腸が煮えくり返ったに違いない。
これまでの溝手は、改選数が2の参議院広島選挙区で、2位にほぼダブルスコアをつけてトップ当選していた。6選を目指した2019年参議院選で、自民党は溝手を広島選挙区候補に公認した。
しかし、安倍と菅義偉の強い要望によって自民党本部は、安倍の子飼いである河井克行の妻で広島県議の河井案里を、溝手に続いて2人目の候補として公認した。いくら野党が弱いとはいえ、改選数2に対して2人の候補を立てても安泰と言えるほど、溝手にも案里にも余裕がなかったことは明白であった。言うまでもなく、安倍は溝手の批判を絶対に許す気がなかったのである。
君が笑ってくれるなら、僕は悪にでもなる
愛する妻を国会議員に押し上げることは、河井克行の宿願であった。安倍の後ろ盾を得ていかなる手段も厭わないと腹を括った克行は、選挙区の首長や地方議員や後援会関係者を中心に手当り次第に実弾をバラ撒いて、票の取りまとめを依頼した。もちろんこの行為は明白な選挙違反であり、のちに発覚して大騒動になる。
この時に自民党本部が選挙資金として各人に支給した金額の内訳は、克行と案里それぞれの支部に7,500万円ずつの計1億5000万円、かたや溝手にはわずか1,500万円しか支給されなかった。この1億5000万円の出処が、今も疑惑として燻っていることは、自民党の泣き所となっている。
河井夫妻のなりふり構わぬ攻勢に、たじたじとなった溝手は為す術もなく落選した。溝手と案里の醜い争いを尻目に、民主党の森本真治が漁夫の利を得て最多得票となった。案里は2番手で念願の国会議員の椅子を手に入れた。案里はのちに二階派に入会する。
克行は、第3次安倍内閣において法務大臣に就任するも、この選挙違反事件の責任をとって辞任した。
三原市長のフトコロ
河井克行が妻の案里を参議院選挙に当選させるために、票の取りまとめを依頼した多くは、溝手顕正の地盤の市町村長や地方議員達であった。三原市長の天満祥典は、任意聴取から3ヶ月近くも現金の授受を否認し続けたが、克行から計150万円を受領したことを認めて、2020年6月30日に辞職した。安芸高田市長の児玉浩は、市長就任前の県議時代に計60万円を受領した責任をとり、7月3日に辞職した。
河井夫妻は計100人に現金を渡して、そのうち94人が違法性を認識していたことが判明した。かたや、溝手も広島県議の奥原信也に計50万円を提供していたことが発覚した。しかも、奥原は河井側からも約200万円を受け取っていた。のちに、克行には実刑判決が下されて服役した。
こうして広島県自民党のズブズブの金権政治が明るみに出たことにより、関与した者は新旧交代を余儀なくされていく。
参考文献
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