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【モンキ】おぼえ書き_139  双極性障害と生きていく その23

みなさんどうも。「モンキ」です。
このnoteの記事は、金沢にあるリワークスクールカラフル・金沢の利用者で作るコミュニティ「Re√wave@カラフル金沢」にて、幾人かの持ち回りで書かれているものです。
私が活動に誘われて記事を書き始めたのは2022年7月からなので、おおよそ2年くらいになります。
始めた頃は、こんなに長い間続くとは正直言って思いませんでした。
私をとりまく状況も様々に変わっています。
今回は、これまでとこれからについて書いていきます。

私がリワークスクールに通うようになったのは、体調を崩し会社を休職してのことです。
2022年4月からだったと思います。
とにかく出来るだけ毎日通うようにするのが目標でした。
そして自分と同じく生きづらさを感じている利用者と共に、いろいろな体験をしながら生活の支援を受けていました。
この期間は、リワークスクールカラフル・金沢に大変感謝しています。
疲れた心と体を癒し、今後やっていくためのエネルギーを蓄えさせていただきました。

そのかいもあって無事に会社に復職することが出来ました。
復職したとはいえ短時間勤務でしたので、引き続き生活の支援という形で、スタッフと面談などをしてもらいながら利用を続けていました。
これもありがたかったです。
復職当時は精神的にきつかったですから、頼れるところがあるというのは大きな助けになっていました。

復職して半年くらい経ったのち、フルタイムでの勤務に戻すタイミングで、日中一時という利用に切り替えることとなりました。
生活支援ではなくなるものの、居場所として引き続き利用することが可能でしたので、土曜日を中心に会社が休みの日に通っていました。

そして現在。
意識しているわけでもないのですが、なんとなくカラフルに行かなくなっています。
行っても月に一度くらいでしょうか。
それも日中一時の利用に必要な印鑑を押してほしいと、月に一度カラフルから連絡があるからです。
生活の支援をしてもらっている期間なら、長期間訪問がない利用者に対してカラフルから何らかの働きかけがあったのかもしれませんが、日中一時となってからは特段連絡もなくなりました。
そんなものなのかもしれませんね。

でも多分、これは良いことなんでしょう。
以前から、いつまでもカラフルに通い続けることはおかしいだろうという気持ちがありました。
おかしいというか、いつまでも通っているようでは、本当の意味で自立したとは言えないだろうと。
カラフルに行かなくなって初めて、支援が不要になったということなのだろうと。

生活支援はもちろんのこと、日中一時にしたって行政の補助を受けていて、きつい言い方をすれば他人の税金のもとに成り立っています。
私はこれまで長い間、その制度を利用してきました。
おかげさまで十分に休みを得ることが出来て、今では働くことが出来ています。
であるならば、今度は支える側に回らなければならないと思うのです。

いまでも精神的に万全とは言い切れません。
双極性障害という特性上、気分の波はやってきます。
でも、以前に比べて少しはコントロールできるようになってきました。
良くはないけど悪いなりにもやっていける。
これが障害と付き合うということなのでしょう。

ですから、そろそろ頃合いなんじゃないかと思うのです。
正式にカラフルを卒業する。
日中一時の利用期間は今年の6月末までです。
再度利用の申請をすることも可能ですが、区切りをつけようかと思っています。

もちろん少し寂しいです。
カラフルに行けば気心の知れた仲間と過ごすことが出来るのですから。
でも毎日カラフルに行っていたのが週に一回となり、それが月に一回となり、少しづつ自分一人で過ごす時間が増えてきて。
もう大丈夫なんじゃないかと思うのです。
これまでリワークスクールカラフル・金沢で出会ったスタッフと利用者の方たちには感謝してもしきれません。

このnoteもカラフルを卒業するとともに、書くことはなくなります。
もうあと一回は書けたらいいなと思っています。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

現在の状態:拒食気味 でも食べよう