在宅の向き・不向き
出社制限が緩やかになってきたので、必ず出社せよという企業も出てくる一方でこれまで通り在宅を認める企業もある。NTTなんて、原則在宅勤務になってしまったし、文字通り二極化が進んできたかなと思う。
コロナ禍で在宅勤務になった時も「在宅勤務のストレス」という記事を見かけた。で、今度はその逆で出社によるストレスである。長く在宅していた人がいきなり出社と言われれば、長い休み明けのような気持ちになるのだから、そりゃストレスはあるだろう。この記事の最後のほうでも述べられている通り、そうした極端な変化に対して人間はストレスを感じてしまうのだと思う。
在宅勤務では成果が出ないという声もあるが、そもそも"成果"の定義って何だろうか。極論、売り上げが上がり会社に利益がもたらされればいいのかもしれない。しかし、直接売り上げに結び付くようなことを、毎日毎日できるわけでもないだろう(営業職は毎日やっているかもしれない)から、その日その日の成果って何だろうと考える。
会社によって違うだろうが、年間を通していくつか目標があるとする。個人然り、所属する組織然り。それに対して、では半年でこれくらい、1ヶ月でこれくらいと細分化していく。季節や年間のイベントによって変動があるかもしれないので、一元に割り切れない部分もありそうだが、大目標を達成するためにどれくらいのペースで行けばいいか?というのは何となくわかる。
そして、この目標がハッキリしている会社であればあるほど、在宅の向き不向きはハッキリしそうだ。目標に対して、それは在宅でも達成しうるのか?それとも客先を訪問しなければ達成できないから、やはり出社せよとなるのか。それが明らかな会社であれば、どちらに転んだとしても「まぁそうだよね」となりそうである。
問題は目標がハッキリしていない会社・組織ではないか。いかようにも受け取れる曖昧な目標を掲げているならば、個人の解釈によっていかようにも受け取れるから、出社や在宅の判断に対する納得感が得にくいように思える。それでも2年ほど、在宅勤務が可能だったわけだから、出社がいいのか在宅でもいいのかの結論はすでに付いていそうだが、一部の人が頑張って成果を出し続けていたケースもありそうだ。
そういえば、記事中にはコミュニケーションに関する話も書いてあった。出社して対面のコミュニケーションだと、自分のリズムで進めることが出来ないと。もし、それにより居心地の悪さを感じる人がいるならば、耐性のある人がフォローするようにすべきだと思う。コミュニケーションの得意・不得意はどうしてもあるのだから、ストレスを感じる人がなるべく自然な形で馴染めるように進めていけるようにするのがよいのではないだろうか。
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