【連載小説】#10 売上げが高まる効果的な広告「レスポンス広告」は、どのように誕生したか。
1週間が過ぎただろうか。
その企業から連絡が来た。
面接が決まった。
当日面接に伺うと、7、8名の方々が私の面接のために待っていてくれた。
その中央にいる方が副社長だったことは、後から知った。
挨拶をするなり、私は自分の技術のプレゼンをした。
「この広告タイプはレスポンス広告の基本だと思います。メリットはー」
「記事広告で大切なことは、編集面に似せたデザインを用いることー」
「写真下のキャプションはそのページを読んでくれた方の8割が見ると言われていますー」
「君、ちょっと待ちなさい!」
「プレゼンをするならね、初めに言いなさい!」
面接官の方が私を制した。
しかし、中央にいる方が私を笑って見ていた。
「阪尾君か。君はどうしてそんなことまで知ってるの?」
「あ、はい。作って来た一つ一つの広告データを取って来ました。それを今、言わせてもらっています」
「それだけ?」
「いえ、上司や先輩方に、過去の広告の話を聞かせてもらい、自分なりに勉強して来ました」
「そうか。よく勉強して来たね。あとで私たちが作って来た広告を見せるから、少し待っていてください」
そう言うと、面接はすぐに終了となった。
しばらくして違う部屋に通されると、ダイレクトメールが壁中に貼られていた。
しかも、歴史を感じさせるもの、アメリカのもの等まであり、その種類に驚かされた。
しかしー。
私の希望している環境でないことも同時にわかった。
私が作りたいのはダイレクトメールだけじゃない。
新聞広告であり、雑誌広告であり、そしてまだ経験していないテレビCMだ。
有名企業のグループ会社なので残念ではあったが、私は後日いただく合格を辞退することになる。
会社での泊り込みの仕事スタイルは、相変わらずだった。
営業部から来る仕事は必ず受けていたため、随時10社位の仕事に携わっていた。
そのためずっと忙しい日が続いたが、私の中には少しずつロジックめいたものが生まれていた。
それが10年後に書籍にもなる4つのパーツ理論である。
まだまだ完成とは言えなかったが、少ないパーツで写真を大きく掲載しながらスッキリ見せることができるこの理論に未来を感じていた。
また、この修行の中で、私は大きなものを失っていた。
彼女の千里である。
ある日、家に帰ったら、彼女も彼女の物も、全てがなくなっていた。
私は呆気に取られ、しばらく部屋に立ち尽くした。
そしてしばらく考えた。
そして、
追わなかった。
食事、家事など、たくさんのことをやってくれた千里。
時には夜中に会社に戻る私を、車で送ってくれたこともある。
それに対して自分はどうかー。
何もしてやれず、ただただ自分の修行に没頭していた。
仮にまた付き合い始めたとしても、彼女を幸せにする自信はなかった。
このままの方がいいー。
二人は結婚には辿り着けなかった。
その夜、私は新宿の中華料理店にいた。
私と話をしたいという方と会っていた。
1ヶ月前、内定を辞退させて頂いた広告代理店の部長だ。
「阪尾君が辞退した理由は聞いています。そこでね、少し私の話を聞いてもらえたらと思って。忙しい中、来てくれてありがとう」
部長の高橋さんはそう言うと話を続けた。
「面接の時、ダイレクトメールをたくさん見てもらったと思うんだけど、あれがうちの仕事のメインということではありません。うちの仕事は多岐に渡っていて、テレビも新聞も雑誌もある。なので、そこの所は伝えておきたいと思ってね」
「はい」
「阪尾君はどんな仕事がしたいの?」
「そうですね、まずは大企業の広告に携わりたいですね」
「それはどうして?」
「はい。ずっとレスポンス広告を作って来て、自分なりに理論を構築して来ましたが、大企業の広告は作ったことがありません。大企業の広告でもレスポンス広告が効果的なのかどうかを知りたいんです」
「なるほど。それなら、うちに来ませんか? うちには大企業のクライアントがたくさんあるし、まさにこれから多くの企業がレスポンス広告を必要とするはずです」
「はい。ありがとうございます。ただ一度お断りしていますので、少しお時間を頂けないでしょうか」
「もちろんです。ぜひゆっくり考えてください」
「はい。ありがとうございます」
1週間後、電話が来た。
まだまだインターネットが普及していない時代だった。
「阪尾君、先日はありがとう。あれから少し考えてもらえたかな?」
「こちらこそ先日はありがとうございました。はい、まだ考えている途中ですがー」
「それならもう少し話したいこともあるので、今週の木曜日にお茶でもできないかな?」
寒い日が続く2月、銀座のカフェに入ると、すでに窓際の席で高橋部長はコーヒーを飲んでいた。
「こんにちは。お待たせしてすみません」
「いやいや、まだ待ち合わせの5分前だよ」
笑いながら高橋部長は私を席に誘うと、ホットコーヒーでよいかと確認した。
「唐突だけどね、レスポンス広告業界はこれからどんどん伸びて行くと思う」
「はい」
「だからね、この業界にはスターが必要なんだよ」
「はい」
「うちの会社はね、阪尾君をレスポンス広告界のスターにしたいと思っている」
スター⁉︎
思ってもみなかった言葉に私は驚いた。
そして、なんとも言えぬ言葉の響きに、戸惑った。
つづく
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