阪尾圭司|レスポンス広告のディーズ
現在、広告業界では当たり前に使われるようになった「レスポンス広告」。その誕生秘話を実際の体験に基づき小説化。
「私、辞めさせて頂きます」。 29歳の春、一ヵ月前に転職したばかりの広告代理店を急転直下私は辞めた。理由は、生意気な話なのだが、私の技術が先に進み過ぎていたことにあった。私を指導してくれる上司の気持ちは痛いほど分かるのだが、私は昔ながらの広告理論に全く賛同できなかった。 「そのやり方じゃ、無理だろ」。 一ヵ月の間、何度も心の中で打ち消した言葉だが、そろそろ限界だった。 こんなやり方をしていたら、何も上手くは進まないだろう。いや、間違った広告を作ってクライアントにダメージを
1週間が過ぎただろうか。 その企業から連絡が来た。 面接が決まった。 当日面接に伺うと、7、8名の方々が私の面接のために待っていてくれた。 その中央にいる方が副社長だったことは、後から知った。 挨拶をするなり、私は自分の技術のプレゼンをした。 「この広告タイプはレスポンス広告の基本だと思います。メリットはー」 「記事広告で大切なことは、編集面に似せたデザインを用いることー」 「写真下のキャプションはそのページを読んでくれた方の8割が見ると言われていますー」 「君
まだ小雨が降り続ける駅までの道、 山崎さんは笑顔が混じる悲しそうな顔でつぶやいた。 「阪尾君、君の言う通りだったな。イメージ広告では、やっぱり売れなかったか」 「そうですね。ダメでしたね」 こういうケースの場合は一体どうしたらいいのか? 泥臭い広告の方なら、売れただろうか? 仮に売れたとしても、クライアントは満足しただろうか? 私は答えが出なかった。 会社に戻ると、大久保部長が待っていた。 「部長、ダメでした。一つも売れていません」 私は帰社の挨拶もそこそこ
「大久保部長、この仕事にコピーライターとして、阪尾君を入れたいのですが」 部長室から、営業の山崎さんの声が聞こえて来る。 「だめだ。阪尾は今たくさんの仕事を抱えている。その仕事なら、外部の制作会社を使った方がいい」 「いえ、今回のクライアントは外資の有名企業ですが、通販をやりたいそうなんです」 「通販かー」。 そう言うと、大久保部長は少しの間、考えているようだった。 「まあ、それなら一度、阪尾君を打ち合わせに連れて行ってもいいだろう」 大久保部長は部長室に私を呼
商品には、なぜ、売れる物と売れない物があるのか? ふつうに考えれば、商品の良し悪しで決まるのだろう。 しかし、他の広告会社では売れなかった商品を大久保部長たちはたくさん売ってきた。 どうしてなのか? 次に考えられるのは、どの媒体(雑誌、新聞など)に掲載するかだろう。 同じ商品力なら、販売部数10万部の雑誌より、30万部の雑誌に掲載した方が売れるに決まっている。発行部数が3倍違えば、読者も3倍多くなるのだ。 そして、我々の仕事である広告クリエイティブ。 私はこの会社
脚スリムの広告出稿は初めてとなるため、池川社長はリスクを回避した。 どういうことかと言うと、本来ならしっかりと撮影を行うべきだが、撮影料は高額だ。カメラマン、スタジオ、モデル、ヘアメイクなど、多額の費用を要する。 そのため、メーカーから支給されている写真を使って、初回の広告は作ることになった。 「日村さん、こんな感じでどうでしょう?」 私はすぐにサムネイルを提出した。 「うん、いいね。できれば、あと2種類くらい出せるかな?」 「わかりました。ではもう少し時間をください
「阪尾ちゃん、最近調子いいらしいじゃん」 日村さんが話しかけて来た。 「ええ、何とかレスポンスが取れています。まだまだですが」 「今度さ、俺のチームのコピーも書いてよ。来月から新商品の広告を作らないといけないんだ」 「自分なんかで大丈夫ですかね。でも、オファーがあれば喜んで受けさせて頂きますので!」 私は自分が認められて来ている気がした。 この頃、私の生活は仕事一色だった。 会社にはサマーベッドを持ち込み、寝泊まりを繰り返していた。家に帰るのは週に2回程度で、多く
しばらく私の実力を見極めていた大久保部長が、私を部長室に呼んだ。 「阪尾君、今のままじゃダメだ。もう一度、一から広告作りを学ばないといけない。根性だけはあるようだから、俺が鍛えてやる」 その日から、私の修行が始まった。 この修行はこの後約3年間続くことになる。 「部長、キャッチコピーを書いてみました。どうでしょうか?」 「阪尾君、キャッチコピーだけ書いてどうするの? あのね、商品はさ、キャッチコピーだけで売れるんじゃないんだよ。まずはサムネイルを書きなさい」 サムネ
電話営業は全滅。 どうするべきかー。 自分に信頼度がないのだから、誰かの信頼度を借りるしかない。 これが私の出した結論だった。 「横田社長、お力を貸して頂けないでしょうか?」 「何をすればいいの?」 「社長の知り合いの方々に、私を紹介してほしいんです。もちろん、社長の会社の広告物は安く作りますので! 何卒宜しくお願い致します」 私は深々と頭を下げた。 「他ならぬ阪尾君のためなら紹介するよ。私の知り合いでよければね」 横田社長はいつものやさしい笑顔で快諾してくれた
「明日ですか? 急ですね」 「善は急げだよ、阪尾君」 「まあ、そうっすかね」 次の日、私は水本さんの会社へ向かった。 蒸し暑い日は続いていた。いつ来ても歴史を感じざるを得ないビルの受付で、しばらく間、水本さんを待っていた。 「阪尾さん!」 後ろから不意に声を掛けられた。 竹川さんだった。 「阪尾さん、今回のお仕事はありがとうございました! かなりのレスポンス数で、クライアントも大喜びですよ。これも阪尾さんのおかげです」 竹川さんも水本さん同様興奮していた。