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凍った時間が流れ出すとき


今年(2024年)のNHKドラマは豊作だ。私は、NHKの朝の連続ドラマ小説を続けて観ることがめったにないのが、この春からはNHKプラスを使って毎回観ている。ヒロインの佐田虎子(旧姓・猪爪)こと、とらちゃんに、今朝、転機が訪れた。夫の戦死後、凍っていた時間が流れ出すように、とらちゃんの命が命を吹き返したようだった。

トラちゃんの時間が流れ出した ~朝ドラのワンシーンから

 今朝の連ドラでは、亡き夫との思い出の場所である河原で、トラちゃんは闇市で買った焼き鳥を食べながら、やっと泣くことができる。「美味しいものは一緒に食べよう」と言ってくれた夫が、今はこの世にいないこと、しかも戦病死という理不尽な最期だったことへの怒りと悲しみを言葉にする。
 トラちゃんはそれまで、家族を支え、同じく夫を戦死で亡くした義姉を気遣いながら、自分の夫の死の悲しみと向き合えないまま過ごしてきた。悲しみと向き合ってしまうと、もう二度と立ち上がれないと思ったのかもしれない。とらちゃんの時間は凍ったまま。人生の時計も止まったまま。
 ところが、河原で自分の怒りと悲しみに泣くことができたとき、彼女の時間が流れ出す。泣きながらトラちゃんは古新聞に書かれた日本国憲法の条文を目にする。そして亡き夫の言葉を思い出すのだ。「トラちゃんができるのは、トラちゃんの好きに生きることです。(後略)」(詳しく知りたい人は、下記の記事を読むか、NHKプラス等で視聴してほしい)

人生のプロセスが動き出す

 人生の中で、どうしようもなく理不尽な出来事に遭ってしまったとき、私たちはそれらに抗いたくなる。どうしてこんなことが起きるのか、受け入れ難く、打ちのめされて凍りつく。あるいは、乗り越えようと必死で何かをすることに没頭する。そこにある感情すら、感じないで生きていこうとする。そうしないと生きていけないと思うからだ。
 しかし、どうしたことか、実際にはそんな悲嘆と向き合えたときにこそ、人生のプロセスが動き出すのだ。失われたものを悼み、悲嘆を受け入れて、そこにあったかけがえのないものと再会できたとき、まるで血管に血液が流れ始めるように、命が活き始める。嘆きとお祝いは裏表なのだと思う。
 私の個人的な経験でも、全くもってそのとおりだと思っている。

プロセスを生きる

 人生を「プランとその進捗」と捉えるか、「未知のプロセス」と捉えるかで、物ごとの見え方も変わってくるのではないだろうか。人生が「未知のプロセス」であるならば、目の前に起きてくることを味わい尽くし、いつでも初めて出会うかのような新鮮な目で見ることができるだろう。
 「プラン」を生きるのではなく、「プロセス」を生きる。それは大きな違いだ。日々出くわす出来事や、そこに生じる感情を手掛かりに、波乗りするように人生を生きていく。一見、理不尽なことや居心地の悪いことですら、人生というプロセスの中で示されるヒントになり得る。そこに気づくか、気づかないかは自分次第。でもそのヒントに気づけたら、人生は途端に豊かになるのだ。

再び、トラちゃんのプロセス

 再び、河原で涙を流せたトラちゃんのプロセスの話に戻ろう。
悲嘆を味わい、もう一度、亡き夫の言葉を聴くことができたトラちゃん。夫が見守っていてくれた、自分らしい姿に戻っていく。そしてかつて学んだ法律、新しい憲法の条文の中に、自分が思い描いていた未来を見出した。失われていたパワーを取り戻し、思い描いていた未来に向けて行動を始める。
 自分の「プロセス」を生きるということは、その人らしさ、その人のパワーを発見しつづける旅なんだと思う。だから、どんな感情も、どんな自分も、その時々に感じ切る、生き切ることだと思う。


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Dayaのプロセスワーク合宿 in Sapporo 2024
2024年6月28日(金)~30日(日)

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