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【#読物語:本】柳澤寿男『戦場のタクト』

「平和の音色、全ての人に」(2022-12-20 山形新聞)

 年末の音楽といえば、ベートーヴェン「第九・歓喜の歌」。フランス革命後の時代に、階級を超えて全ての人々が同胞となる世を願って作られたといわれる。

 クラシック音楽は、豊かな国の、富める人たちが、立派な楽器と会場で奏でるものだろうか。それはNOだ。私たちのそんなイメージとはかけ離れた現場に流れ着き、奇跡のようなコンサートを生んだ日本人指揮者がいる。その体験記が、『戦場のタクト』(柳澤寿男・著)だ。

 時は2006年からの数年間。舞台は、バルカン半島の旧ユーゴ・コソボ地域。かつては一つの国だったここは10年以上に及ぶ悲惨な民族紛争を経て、諸民族が互いを敵として怨み合う分断の地となった。隣国の国立歌劇場に勤める若き指揮者・柳澤は、危険地域とされるそこでの演奏会の指揮を国際機関から依頼される。会場はパイプ椅子を並べた単なる集会場。迷彩服の兵士が警備する中、紛争を生き残った地元の楽団が彼の指揮で奏でるのは、ベートーヴェンの交響曲。その音楽は、満場の地元住民らを沸かせるとともに、「今再び紛争になれば、楽器ではなく銃を持って戦争に行く」と言っていた楽団員の心を変え、そして紛争の悲劇を見聞きして冷え切ってしまった彼自身の心をも熱く躍らせたのだった――。

 このエピソードを発端として、彼はコソボの楽団の指揮者となり、さらにバルカン諸民族共栄のオーケストラを作るための模索を続けていく。
 どこかで豪華絢爛なクラシック演奏に触れたら、願わくは彼らのことも思い出してほしい。


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