流行りの退職代行が使えない公務員
労働基準法も雇用保険も適用外
テレビのカスハラ特集で、なぜか退職代行サービスが取り上げられ、「何がモームリやねん、俺の方がモームリや」がトレンド入りしている昨今だが、意外?にも、安定の代名詞とも表現できる公務員は、民間の退職代行サービスが使えないことを知らない人は多い肌感覚がある。
昨今、東大生の国家公務員離れが叫ばれて久しいように、就活における市場価値が高い学生ほど、公務員を選ばずに、外資系企業に入社するイメージが強いが、これも公務員に激務のイメージがすっかり定着しているからで、運悪く配属ガチャが外れて、ブラック職場に当たってしまうリスクを鑑みたら、敬遠されるのは自明の理だろう。
公務員と聞くと、確かに世間体は良いものの、労働基準法も雇用保険も適用外であり、民間のロジックが通用しない点は、就活する前に抑えておいたほうが無難だろう。
退職に関して官民の違いを記せば、民間企業は退職の意思表示をした2週間後には、労働基準法に則り退職が可能だが、公務員の場合、上役の承認を受け、辞令が交付されないと退職にならず、些か社会主義的なプロセスとなっている。
故に民間の退職代行サービスは利用範囲が限定的で使い勝手が悪く、業者によっては最初から断っているらしい。そのため、手段としては弁護士を経由する運びとなるのが一般的となっているが、私自身にその経験がないため、詳細を記せないのが歯痒いところではある。
そして、いわゆる失業給付や、教育訓練給付でお馴染みの雇用保険は、公務員は失業する前提にないため加入しておらず、これらの恩恵を受けられない点で、終身雇用を前提としないキャリア設計の若者からすれば、民間企業よりも見劣りするように映るかもしれない。
公務員=厚遇ではなく、デフレで民間が安すぎただけ
そもそも、「公務員=厚遇=勝ち組」的な構図となったのは、バブル崩壊後の失われた30年のデフレ経済下の話で、歴史を学ぶと、まさにバブル期は公務員なんて安月給で勤めてて馬鹿馬鹿しいとすら言われていた時期があったらしいが、いかんせん生前の話なので実感は湧かない。
その後のデフレ経済により、物価も民間企業の賃金も安くなったことで、賃金が横ばいだった公務員が、これまでの30年間は、相対的に厚遇に映ったに過ぎない。民間企業が安過ぎたのだ。
しかし、そんな横ばい力が取り柄だった公務員も、コロナ禍を機にボーナスカットが表面化し、給与も民間企業の統計データを元に改定されることから、民間の後追いでしかなく、昨今の急激なインフレに、スピード感をもった賃上げができないジレンマがある。
物価と給与変動にタイムラグがあることで、民間の求人と比較すると、相対的に見劣りする状況となりつつあり、かつてのバブル期のように、「公務員=勝ち組」の図式が、インフレ社会に転換することで覆る可能性も、少なからずあると見た方が良いだろう。
自浄作用のない組織、ゼネラリストの価値は?
上記を踏まえると、年功序列、終身雇用、副業禁止と三拍子揃った公務員は、ジョブ型、転職&リスキリング、副業解禁の潮流と逆行する。
他の選択肢がなければ甘んじる他ないが、選択肢がある中で、敢えてゼネラリストの道を選択する価値があるのかは、冒頭の東大生の件で記しているように、問う前から答えは出ているようなものだろう。
同級生に官民の双方を経験している奴がいるが、民間企業は会計ひとつとっても厳しく監査される性質上、大抵の不祥事は暴かれ、メディアのおもちゃにされのが目に見えているため、リスクマネジメントの一環で、コンプライアンスに対する意識が、上場企業ほど高い傾向にある。
しかし、公務員に関しては、民間ほど監査が厳しくないことや、なぁなぁ、まぁまぁの悪しき風習が色濃く残っており、組織に対して自浄作用が働きづらい側面が否めない。
少し前に、どこかの都と某一般社団法人の癒着を疑った一般男性が、都に対して情報開示請求や住民監査請求を行い、その結果を発信していたが、ひどい時は海苔弁と称される、全面黒塗りの資料が開示されていたり(事実上の非開示)、職員の対応が杜撰だったことは記憶に新しい。
私は電車を運転するだけの簡単なお仕事()をした結果、当時、職務経歴に空白期間などないにも関わらず、一般の事業会社で通用する職務経験(ポータブルスキル)がない状態で、年齢だけ重ねた結果、転職市場で詰んだ境遇から自戒の念を込めて、労働集約型産業の大部分は、決められたことを、決められた通りに実行するだけの単純作業と揶揄している。
その揶揄を聞くたびに、公僕の同級生は耳が痛い。自活する術を身に付けなければ…と言いながらも、相変わらず公僕に甘んじてぶら下がっては、私みたいに自分の腕一本で食ってく生き方(専業投資家)は、自分には無理だと言う。
10代後半の3年間を、同じ学舎で過ごし、能力的には大差ない筈である。それにも関わらず、このマインドの違いはどこから来るのだろうか。
私は、自浄作用のない組織で、ゼネラリストとして勤めることで、学習性無力感が育ってしまうのではないかと仮説を立てている。そう考えると、自分の腕一本で食ってく生き方を目指す人に、公僕が合わないのは火を見るよりも明らかだろう。
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