所有するとコスト意識が鈍る'e
地方暮らし、でも車は要らない
お盆クオリティっすなぁ。押しボタン式信号機で、歩行者信号が青になって渡ろうとしたが、横断歩道上に車が止まった。渋滞しているわけではなく、停まっている車は歩道上の一台のみである。
地方はただでさえ信号機のない横断歩道は、道交法38条違反のデパートだから、歩行者側にどうせ停まらない的な諦めがあり、端から停まってくれることなど期待していない。
そのため、押しボタン式信号機のある歩道で渡るのが鉄則だが、それでも車がギリギリアウトで突っ込んできたり、私(歩行者)が渡り終わったと同時に、赤信号で加速し始める体たらくで世紀末感すらある。
せっかくETCがあるのだから、いっそのこと義務化してしまい、車載器と信号機を通信させて、信号無視くらいは自動判定して、ETCカードから反則金を請求。カード会社は本人確認書類で運転免許証を控えておけば、請求する段階で免許点数の減算処理くらい、技術的にはできそうなものである。
そんなことを明らかなサンデードライバーを見ながら思った。かくいう私もペーパーゴールドだが、進路が決まっている電車の運転で、センスがない自覚のある人間が、1トン超の鉄の塊を操作したら十中八九凶器になる。
そのため、飲んだら乗るなをモットーに、本人確認書類以外で使うことはない単なるアル中の域を出ず、物理的にハンドルを握らない以上、他人に害を与えることはまずないため、サンデードライバーよりはマシだろう。
そんな自家用車だが個人的には、DQNカーやプリウスミサイルによる貰い事故のリスクと、得られるであろうリターン、コストパフォーマンスを勘案すると、たとえ地方暮らしでも、体力のある若年層ならわざわざコストをかけてまで所有するほどのものではないと考える。
広義のシェアリングは案外高くない
これでも一応、ベッドタウンという名の田舎育ちで、運転免許は高校時代に取らされたし、弱冠の頃に中古だが軽自動車をキャッシュで購入して、所有していた時期もあったため、食わず嫌いではない。
とはいえ早生まれでアルバイトの絡みもあって、合宿免許と言う訳にもいかず卒業時は仮免止まり。新社会人と免許取得を並行する鬼畜な半年を過ごしたため、乗用車に良い思い出がなく、単に移動手段のひとつ以上でも以下でもない認識である。
だからこそ、車種によってコストが異なるとはいえ、車両の減価償却費、ガソリン代、保険料、税金など諸々を加味すると、最低でも月当たり3万円以上のコストが発生していると冷静に算盤を弾く。
車を所有、維持するだけで、最低でも月3万円の費用が掛かると思うと、メーカーのサブスクは絶妙な価格帯で設定されているとつくづく思う。
使用頻度にもよるが、毎日使っても1日1,000円、週末だけとなると1回あたり3,750円の使用料を支払っているのと同じであり、少なくとも週末利用くらいなら、レンタカーなどのシェアリングの方が安価だろうし、距離によってはタクシーと大差ない可能性すらある。
そう考えると、公共交通やタクシーといった、プロのドライバーの人件費込みで提示されている運賃は、さほど高くないのだから、わざわざ自分が運転して事故るリスクを取ってまで、自家用車を所有して、目的地まで移動する価値があるとは思えないのが、かつてお金を貰って運転する側に居た者の正直な感想ではある。
無意識的な浪費は人生の浪費
スティーブ・ジョブズ最後の言葉にもあるが、対価を支払うことで、車の運転を代わってくれる人は居ても、病気を代わってくれる人は誰も居ない。
私は電車を運転する職に就き、ストレス過多から25歳で大病を患った経験があるからこそ、日頃は何でも自分でやることにより、お金を使わない生活を心がけているが、向いていない運転を代行するコストは、あっさりと支払う節がある。
これが資本主義社会の良い部分でもある。自分でできることにお金を使わないのも大切だが、そうして節約したお金を何に使うかで、人生をより良くできるかを考えることは倹約以上に大切で、使い所は人それぞれで良い。
自炊がどうしても苦手なら外食や宅配三昧でも良いし、洗濯が面倒ならクリーニング店に頼んでも良い。家事全般なら家政婦とか家事代行を頼んでも良い。育児が苦手ならベビーシッターを雇えば良い。病気を代わることや、他人の心を操るとかでもない限り、大抵のことはお金で解決することができる。
しかも日本は30年間のデフレ経済で、人件費が相対的に安い国となったから、所有して自分で全部管理した時のコストと、シェアして他人に外注した時のコストの差が、今後のインフレでどうなるかは分からないものの、今現時点ではそれほど大きな差になっていない。
典型はホテル暮らしで、備品や家具の減価償却費や、固定資産税、清掃やベッドメイキングのサービス料込みと考えると、ビジネスホテルで1泊平均5,000円だと仮定しても月に15万円で、フロントに人が居るため、セキュリティもしっかりしている。
そこそこ防音性能のある建物で、それなりに新しい家具や家電を揃え、家事代行を雇い、ホームセキュリティまで全て自前で揃えるコストを考えると、月換算で10万円は悠に超える訳で、私なら家賃に月15万円以上支払う位なら、ホテル暮らしの方が却ってコスパが良いと思ってしまう。
美術品や絵画も、購入して保管に気を遣うくらいなら、美術館の年間パスポートを購入した方が理に適っているし、パブリックアートなら鑑賞そのものはタダだ。
いつでも手元にあって使える状態は確かに便利だが、その状態を維持するためのコストに関して、我々はいささか無頓着すぎるのかもしれない。賃金労働者は時間を切り売りしてお金を得ている以上、無意識的な浪費は人生の浪費以外の何者でもない。
限られた時間と、得られるであろう生涯賃金をいかに上手く配分するか。これは何歳で考え始めても、早すぎることはないだろう。
[増補]1日の生活コストが分かると、漠然としたお金の不安から解放される
私は客観的に見たら、いわゆる持たない暮らしを実践している。この一文だけ読むと、ミニマリスト的な何かを連想しがちだが、別に暮らしぶりを発信して承認欲求を満たしたい訳でもなければ、自己の清貧さをそれっぽく正当化したい訳でもない。故に自らミニマリストと名乗ることはない。
冷静に職業ミニマリストのライフスタイルと見比べたら、奴らよりミニマルな可能性すらあるが、これは2〜4年ペースでの引越しを繰り返した末、あくまでも引越しのしやすさに最適化する上で辿り着いた境地が「持たない暮らし」であって、シンプルライフは目標ではなく、単なる結果に過ぎない。
そうして今では、冷蔵庫も電子レンジも無ければ、洗濯機もテレビもなく、エアコンは賃貸の設備のため、廃品回収のお世話になることも、家電リサイクル料金を支払うこともない。
栄養バランスを考えると自炊はマストで、流石に炊飯器と自動調理鍋はあるが、保存する冷蔵庫も、温め直すレンジもないため、必然的に毎回食材を使い切り、出来立てを頂くスタイルとなる。
無論、1日3食は面倒なので、もっぱら1〜2食で済ませることが多いが、最近の物価高の影響を受けても、食材に要する費用など1日600円前後。稀に酒を飲んでも1ヶ月に2万円もあれば事足りる。
地方で不便なエリアなら、供給過多で家賃も安い。地方生活の落とし穴でもある割高なプロパンガスは契約せず、お湯が出ない自宅の浴室は使わずに、銭湯や温泉を利用する。1回500円として毎日使っても月1.5万円。プロパンガスさえ無ければ、水道光熱通信費は高く見積もっても月1万円程度。
自宅で毎日電気、水道、ネットを使い、自炊して、銭湯で身体を洗うのに要するコストは1日1,500円。つまり、私の場合は月あたり家賃+4.5万円の額さえ稼げれば、健康で文化的な最低限度の生活が営める計算となる。
地方で家賃を2万円程度に抑えられれば、国民年金の満額である月あたり6.8万円の範囲内で暮らすことも可能だろう。そう考えると、やれ老後資金で2,000万円不足するだ、インフレを加味すると実は4,000万円だと不安を煽られては、死ぬ直前が人生で一番の大金持ちで、相続税でガッツリ回収されるシナリオが滑稽に映る。
多くの便利家電を持たずに都度払いすることで、1日の生活コストを明確化できると、生きていくために最低限稼ぐ金額は、決して多額ではないことが実感でき、必死になって稼ぐことの心理的ハードルは低下する。
それにより、漠然としたお金の不安から解放されるだけでなく、家事スキルやDIYなど、自力で出来ることの幅を増やすことの方が、過度にお金を貯めて不確実な将来に備えることよりも大切だと思えるようになる。
その境地に達すると、かの有名な「漁師とコンサルタント」ではないが、必死に5,000万円貯めてFIREを目指さなくとも、「そんな生活なら、もう手に入れているじゃないか。」と考えられるようになり、お金の不安をお金で解決しようとするFIREムーブメントの脆さが垣間見えるだろう。
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