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右に廻る

 犬がかなり弱ってきた。

 現在お盆休みで実家に帰って来ており、久々に犬と長時間過ごしているのだが、ここまで弱っているとは俺は真に理解はしていなかったようだ。

 今年で18歳という長寿なので仕方なくはある。衰えるのも別れも絶対的なものだ。しかし、私はどこか彼の命の永遠を信じていたのかも知れない。

 18年間同じ家で過ごして来て(後半は私は実家を離れてしまったが)、実弟を含めて3兄弟のように暮らして来た。この関係はこれから先も続くことを根拠もなく信じていたのだろう。犬と人間の寿命は異なるのだからそんなわけないのだが、これは理屈ではないのだ。

 日中はほとんど動かずに眠っている。数年前と比べても眠りが圧倒的に深く、寝ながらも警戒心を保っていた若い頃と比べて完全に脱力しているようだ。しかも睡眠時間も20時間は超えるだろう。ほとんどの時間を毒林檎を食べたかのように眠り続けている。

 そして何も食べない。

 元々食が細い子ではあったのだが輪をかけて食欲が衰えている。

 シニア用のドッグフードを細かく砕いても食べないし、お湯でふやかしても食べないし、好きな缶詰やチーズと混ぜても食べてはくれない。

 騙し騙し母や実家に残っている弟が少しずつ食べさせて命を繋いでいるのが現状だ。

 食べ物自体に関心はあるようで、たまーに目を覚まして匂いを嗅ぎにくるのだがプイッと反転して寝床に帰ってしまう。しかし食事が自分のものだという認識はあるようで、敷いているタオルに埋めて隠そうとする。

 食べる気はあるのだろうけれど食べられないのだろう。人間と違って説得できないから家族が根気強く与えている。

 そして跳躍力もなくなってしまったようだ。半年前まではジャンプしてお気に入りのソファに飛び乗り、一番いい特等席を占領していたのだが、それも出来なくなってしまった。

 幸か不幸かビビりな性格のため、一度失敗してから挑戦してなくなったらしい。足腰が弱った状態で身の丈ほどの高さに登るのは危ないため、自発的にやらなくなったのは幸いか。

 そしてショックなのはタイトル通り理由なく右にくるくる廻るようになってしまったことだ。

 少し歩くとくるんと右に廻る。起きても右に廻る。

 認知能力の衰えた老犬の典型的な動作のようだ。彼が世界をどう認識しているかはわからないがかなりのことを忘れてしまったのだと思う。

 散歩に連れて行っても少し前までは近所の道を憶えており、自分の巡回ルートをカスタムして得意げに歩いていた。しかし最近では道がわからなくなってしまったらしく、同じ直線を行ったり来たりを繰り返している。

 本人(犬)も思った通りに進めないことに焦るようで、途中で走り出すのだが、それでも思った通りに動けないようだ。

 客観的に考えて、そうとう限界に近い。それは月に数回会うだけの自分よりも近くで接している他の家族の方が現実味を帯びて感じていることだ。

 どちらかが先に別れることは出会った時から決まっていることだが、言葉の上での覚悟と内心のそれとは大きく違う。そもそも寂しくない方が、悲しくない方がおかしいのだ。

 あとどれぐらい残されているのかはわからないが、野生の生き物には決して手に入らない、老後というアディショナルタイムを幸せに過ごせることを願う。

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