虐待は人間を変える
私が虐待を受けていたと認識したのは始めてカウンセリングを受けた時だ。
小学校に入るまでは、打たれたりしたことはなかったと思う。
小学校1、2年生からなにか悪いことをすると頬を平手打ちされたり、物を投げつけられたり、髪を掴まれ廊下を引き摺られた。
特に覚えているのは母親に、朝から夕方までトイレの時間以外正座を強要されたこと。
その間は経本を読むことのみ許され、小説を読んだりテレビを観ることは許されなかった。
足が痛くてたまに崩すと怒られた。
『叱られた』経験はあまりなく、『怒られた』思い出ばっかりだった。
あとは父親から何度も蹴られたことだ。
学校では優等生だと言われ、問題を起こしたことはなかった。
蹴られた理由は、たしか夜に隠れて買ってもらったばかりのゲームをしていたからだ。
父親はガタイがいい。
ものすごく痛くて、痣になったのを覚えている。
蹴られた翌日はやけに優しく、私の大好きな本屋さんに行って好きな本を1冊買っていいよと言われたことを覚えている。
特別な日以外はお小遣いから買う決まりだったため「父親は罪悪感があるんだな」と幼いながらに感じた。
小学校高学年になってからは、休みの日に家から追い出されることが頻繁にあった。
理由は覚えていない。
母親が気に食わない言動があったのだと思う。
お小遣いもそんなに多く貰っていたわけではなかったため、お腹が空いて仕方がなかった。
引越しが多かったため幼馴染というものがいない。
事前の約束もなく家に遊びに行けるような友達もいなかった。
図書館に行ったり、ショッピングモールに行きプラプラしていた。
母親からはどんな酷いことを言われてもされても、謝罪されたことがない。
ドラマや映画で「怒りすぎたね、ごめんね」と親から子に言うシーンを観る度に「こんな優しい親が実際にいるのかな」と思った。
心理的虐待は、それが当たり前なのだと認識していたくらい我が家に溶け込んでいた。
容姿や性格について様々なことを言われた。
忘れられない。
思い出すと涙が出てくる。
忘れられたら楽なのになとずっと思っている。
しかし、親のことは大好きだった。
誕生日や、母の日、父の日には、喜びそうなものを何時間もかけて探した。
中学校に入るまで毎年、手紙と似顔絵を添えて贈っていた。
母も父も機嫌のいい時は優しくて楽しい人だし、私のことを愛してくれていたと思う。
今でも大切な存在なのは変わらない。
原因はこれだけではないが、親の影響で摂食障害等を患ったのは事実だ。