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不妊治療をやめるとき (2)

((1)からの続き)

 これまで、子どもが得られずに治療をやめていく不妊患者さんたちのお話を伺ってきた私の感覚から言わせていただくと、治療をやめる時点で気持ちがすっきりしていて、「子どもができなかったことなんて悲しくもないわ」という状態になることは、まず不可能ではないかと思っています。つまり、そういう気持ちにならないと治療をやめてはいけないのだとしたら、納得して治療をやめることができる人なんて、ほとんどいなくなってしまう、ということです。

 誤解されがちなのですが、治療をやめることと、子どものいない人生を受け入れることは同時にはまず起こりません。治療をやめる決断をし、実際に子どものいない生活が始まってから、本格的に子どもがいない人生を受け入れるプロセスが進んでいくのだと私は考えています。

 それは言い換えると、治療をやめてから、「心に抱いてきた想像の赤ちゃん」とお別れする作業が少しずつ進行するということでもあります。子どもを望んだ人には、実際にその腕に抱いていなくても、心の中に望み願った赤ちゃんがすでに存在しているのです。子どものいない人生を送るということは、その赤ちゃんと送るはずだった人生のさまざまな出来事を経験することがもう絶対にできないのだということを確認していく作業でもあります。

 それはとても悲しくつらい過程ですが、それを辿ることで、抱けなかった赤ちゃんが、後悔にいろどられたあなたの重荷としてではなく、あなたの人生を豊かにしてくれる存在として、あなたとともに生きてくれるようになるのでしょう。そして不妊の経験そのものも、あなたの人生の中に何らかの意味づけがされ、”なかったこと”ではなく”悲しいけれど起こってしまったこと”として、「思い出の棚に収まってくれる」のだと思います。

 これが十分でないと、ずっと自分に子どもができなかったことを人生の失敗や欠落としてしか捉えられず、がんばった不妊治療も「すべて無駄だった」と意味づけてしまう危険性があるのです。

(続きます)



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