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広島帰省だより③ 灼熱のカープうどん

先週は広島に帰省していたので、その忘備録を書いている。
前回はカープ観戦前に行ったジムでのあれこれを書いてみた。

いよいよ今回のメインイベント、カープ観戦へ。

ジムから帰宅。
両親は朝から用事があるようで銀行へ出かけていた。我々3人兄弟は家でご飯を食べたり、出かける用意をしたりと、それぞれに準備をしていた。

するとトイレから出てきた真ん中の弟が、焦った様子で部屋に入ってきた。

「やばい。どうしよ。チケット、東京に忘れた」

弟、まさかのチケット忘れ。オワタ。

今回のチケットを手配したのは、弟だった。
弟が家族5人分の席を予約し、発券も担当してくれたのだ。

で、どうするのかと聞くと、今から電話してみて、球場へはいつも通り行くという。チケットを忘れたことはこの兄弟だけが知っており、両親にはギリギリまで内緒にしよう、と言われた。本来持ってくるはずだったチケットの写真も、カード引き落としの履歴も残っているから、おそらくは大丈夫ではないか、というのが楽観的な弟の読みだった。そんな彼の顔にはいっさいの動揺が見られない。これも筋トレのおかげなのか……。

会社員であればすぐに報告すべき事案ではあるが、所詮は家族のことだ。もう大人だし、ちょっとしたハプニング、サプライズのような気持ちで楽観的に会場へ向かうことにした。おそらく仕事でも結構な凡ミスをしていそうだな、と思った。弟が。そう私が言うと、

「だって、誰もチケットのこと確認せんかったじゃん!!!」

と弟が口をへの字にして言う。たしかに家族全員、弟を信頼するあまり、誰も確認しなかった。まさかチケットを忘れてくるとは思ってもいなかったのだ。チケットを持ってくることなど、当然のことだと思っていた。

何も知らない両親が帰ってくる。嬉々として観戦の準備をはじめた。数年ぶりの現地観戦、もっというと家族そろっての試合観戦はこれがはじめてだ。ワクワクしながら昔のユニフォームを引っ張り出してきた父親の様子を見て、心を痛めない子どもなどいない。兄弟たちとかわいそうな動物を見るような目で顔を見合わせる。

その日は1日曇り。日差しこそ直接ふりそそいでいないものの湿度が高く、歩いているだけで汗と湿気がベッタリと肌にまとわりつくような気候だった。

カープの本拠地であるマツダスタジアムは、広島で最も大きい駅ことJR広島駅から徒歩で10分。非常に助かる立地だ。

そんな広島駅は絶賛再開発中。改札前のコンコースこそだいぶまえに工事は終わっているが、階段をくだって球場に向かう道はまだまだ工事中。路面電車の駅とJRの駅を繋げる工事をしているらしい。白い板で囲われた一時的な道を、たくさんの人が歩いていた。

ほどなくして、カープロードが現れる。球場までの一本道をカープロードといい、スタメンの選手の看板が掲げられていたり、建物が全体的に赤で統一されていたり、赤いローソンが見られたりと、戦意を高揚するような道が続く。わーとかあーとか言いながら感動している両親を前に、弟はまだチケットのことを言わない。

チケット売り場に到着し、弟が「ちょっとチケットのことで確認してくる」と家族を離れる。末の弟と顔を見合わせて、クスクス。

チケット担当の真ん中の弟にこっそりと状況を聞くと、担当者のメール待ちだという。最後に返信したのは1時間前で、試合当日に親切なメールをくれたから、おそらくいけるのではないか、ということだった。

ここで初めて真ん中の弟が両親に報告した。
すると父親は予想通り、第一声に「マジで!?」と言い、母は「はぁ? 何しとん」とイラつきを隠せない顔で呆れていた。そして母はやはり、「こんなことは仕事だったらありえんよ、ちゃんとわかった時にすぐ言わんとぉ」と軽いお説教。こうなるけ、言いたくなかったんよとまた弟がしょんぼりした顔で言う。会社か、ここは。

試合開始の3時間前。担当者から、ギリギリまでメールの返信を待つことにした。

しかしマツダスタジアムの入り口は目立った売店などもなく、木陰で待つにも蚊に刺されたり、暑かったりとで、疲れが倍にたまる。せっかく早めに球場へ着いたのに…という残念さから、みんなぐったりしてくる。

当日券はまだ残りはあるが、なんせ5人家族なので、連番は早々になくなるかもしれない。担当者からのメールを待つか、もしものために当日券の席を買うか……話し合った結果、当日券を購入してとりあえず球場内に入ることにした。このとき、すでに16時をすぎていた。

無事に連番の当日券を買い、ようやく球場内へ。ほぼ同時に、曇りの合間から西陽がさしてきた。熱のこもっている体にふりそそぐ日差しで、体力は一気に削がれていく。

グッズ売り場などは早めに着いた客で、早くも混雑していた。冷房をも求めて入ってみたものの、その効きはいまいちだった。

私はマツダスタジアムの名物である、カープうどんを食べることにした。

実はカープうどんを食べるのはこれがはじめてだ。

カープうどんは1957年の創業。球団の設立が1949年だから、カープうどんの歴史は球団のそれとほどんと重なることになるらしい。

試合前、観客たちの多くはここのうどんを啜り、試合にそなえる。座席ですすっている人、階段の端で座って食べる人、立って食べる人など、プレイボール直前は球場内のあちらこちらでカープうどんを食べている人が見受けられる。

夏場なので冷やしたぬきうどんにする選択もあったのだが、ここは温かいうどんにした。
すでに汗はダラダラとかいていたけれど、なんとなく七味をガンガンに振ってフーフー言いながら、熱いうどんを食べたくなったのだ。

初めて訪れたカープうどんは厨房に6,7人ほどが常駐しており、レジの担当がメニューを叫ぶとはい!と言いながら手分けして盛り付けていくタイプ。完全なる分業体制のもとで作られているようだった。
まだ時間が早いので待ち人もおらず、この時はほんの数秒でうどんが出てきた。分業といい挨拶の威勢の良さといい、なんとなく祭りの屋台を思い出した。

プラスチック皿と具のかまぼこには、ちゃっかりカープの「C」が印字されていた。具材には他にも味付きのうすい油揚げが乗っていたような気がする。

そういえば、タイなどの暑い地域で食べられる料理が軒並み激辛なのは、汗をかいて体温をさげるため、という話を聞いたことがある。うどんを啜りながら、「絶対にそうだ」と思った。

暑いなかで食べる熱々のうどん。字面だけでも暑くなってくるかもしれないが、これが一定の条件になると、また信じられないくらいおいしいのだ。

この日のようにジメジメしていてうまく発汗できず、体に熱がこもっているときは辛いもので汗をかきたくなる。

食べたうどんは、汁の熱さに追い打ちをかけるような七味がむせるほどに辛かった。夏日の夕方というのに、麺も湯気が見えるほどに熱々。塩っけのある出汁は汗をかいて塩分が不足している体にぴったりだった。ここ最近でいちばんの汗をかき、背中やズボンは汗でピッタリと肌にへばりついた。

しかしこういうときの汗は不快にならないのが不思議だ。むしろ汗をかきたくてたまらない、とさえ思うのだ。汗を求めてか、七味の残った汁もごくごく飲める。

普通なら絶対にセレクトしない食べ物だが(真夏の屋外で熱いうどんを食べる)、この日は自分の直感を褒め称えたいと思った。熱い地域で激辛が好まれる理由が、身をもって理解できた。食べ終わった後は、さらっとした汗を大量にかいていた。いつもは嫌で仕方がない発汗という生理現象も、このときばかりは気持ちよく感じられる。体はすばらしい。

席でビールとうどんを食べていると、弟から連絡があった。
担当者の心優しい取り計らいによって、チケットを再発行して本来の席に座れるとのこと。無事に移動できることになった。
購入した当日券5枚分はそう、完全にカープ球団への貢ぎものとなった。

試合が開始され、カープの選手がバッターボックスに立つ順に回るといよいよ応援歌の合唱がはじまる。カープはスクワット応援といい、音楽にあわせて立ったり座ったりしながら応援歌を歌う文化がある。このときすでに球場へ到着してから3時間以上立っており、スクワット応援の立ったり座ったりがかなりキツく感じられた。筋トレだと思って、頑張った。

途中でカープの選手がホームランをきめ、試合はカープの勝利!
このところ連敗が続いており、久しぶりの勝ちだった。点が入ると、自分の左右上下に座っている人と、知っている・知らないに関わらず応援バットを叩き合って喜びを分かち合う。あのグッと距離が近くなる感じが好きだ。距離が近くなるといっても、試合が終われば皆知らぬ間にそれぞれの帰路へつく。この試合時間だけの、期間限定のきずな、のようなものが、私には重たすぎず、軽すぎず、ちょうどよく感じられる。

カープの球団応援歌にはたしか「勝って旨い盃をかわそう」みたいな歌詞があったと思うが、まさにそう。勝った日に飲むお酒ほど、おいしいものはない。

ということで、今度はまた広島駅まで戻り、駅前にあるこちらへ。
いろんな飲食店が入っているビルのワンフロアに、セルフサービスの飲み放題でいろんな店の食事を楽しめる「ほのぼの横丁」がある。
店内にはカープのユニフォームを着た、ついさっきまで同じ場所にいたのであろうカープファンたちもかなりいた。店は金曜日の夜ということもあり、スーツ姿の30〜50代とおぼしきサラリーマンたちが大きな声を上げながらわいわい飲んでいた。

ここの飲み物は、ファミレスのドリンクバーのように自分で注いで持ってくるスタイル。なのでもちろんビールもセルフサービスで、ビールグラスを置いてボタンを押すと勝手にサーバーが注いでくれる。ボタンを押すやいなや心配になるくらい自動でグラスが傾き、そのまま一滴も落とすことなくきれいにビールが注がれた。もちろん泡も完璧な割合、ビールグラスのロゴの半分くらいの深さまで入れてくる。
すごいシステムだなぁ、と見惚れながらビールを注いだ。いや、注いでもらった。

写真を撮ればよかった。
広島の居酒屋だが、食べたものは別にご当地ものでもない。

お刺身やお魚、串焼き、枝豆といったオーソドックスなおつまみを食べた。こうした良くも悪くもガチャガチャとしたお店の料理の味は期待せずに入ることが多いのだが、ここの魚は普通に、おいしかった。甘エビは文字通り甘く、艶やかにプリっとしていてちょうど旬の鯛は程よく油が乗っていた。ここだけの話、土日の夜20時くらいに入る大手回転寿司チェーンの魚よりも美味しかった。期待していなかったぶん、それがちょっと嬉しかった。

食べ終わってのろのろと駅へ向かうと、終電まであと20分くらい待たなければいけない。コンビニで家族分のアイスを適当に買い、品もなく隅っこの方でヤンキー座りをしながらみんなで食べた。私はセブンイレブンブランドの、桃のアイスを選んだ。

アイスを買う際に一緒にカゴに入れた汗拭きシートで、汗を拭く。
夏場の汗拭きシートに、私はクーラーよりも感動している。なぜ、あのシンプルな真っ白のシートで肌を拭くだけで、あんなにも、つるっとするのだろう。急に冷たい風が吹いてくる気さえする。ひんやりしすぎて、たまに痛いのか冷たいのかわからなくなる。電力も使っていない、冷やしてもいないあのシートへの感動と感謝が、毎夏すごい。

ぼうっと時間を潰していると、ようやく電車が到着。
電車は「レッドウイング」と言われる、比較的あたらしい車両だ。私が高校生の時に初めて登場した。そのときはまだ部分的な導入で、乗る時間によっては古い車両がくることも多かった。電車が入ってくる音が少しだけ高く、そして静かだと「レッドウイングだ!ラッキー」とよく言っていた。夏場は冷房がよく効いているのも助かる。
レッドウイングというその名の通り車体には赤い線が入っていて、車内は左右2列ずつのシートが進行方向を向いている。揺れが少ないし、次の停車駅や開くドアの案内などには自動音声(しかも英語付き)なので、東京の電車よりも実は最新なんじゃないかと思ってしまう。帰省してからこの電車に乗るのが、私は大好きだ。

座席は新幹線みたいに、下のペダルを踏むと向かい合わせにできるので、それを使って4人のボックスシートを即座につくった。
すずしい車内で椅子に座ると、急に睡魔が襲ってくる。うとうとしながら最寄駅につき、広島らしい、山の急斜面を登って家に到着した。

そこからどんなふうに寝たかはもう覚えていない。
day3となる翌日はキャッチボール、祖父母に顔を見せに行く、人生ゲームというラインナップ。しかし字数がかさんできたので、それはまた次回書くとしよう。


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差詰レオニー
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