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【NY緊急レポート】親プーチンによって”制裁”を受け始めた音楽家たち

皆さん、こんにちは! 在米25年目、ニューヨークはハーレム在住の指揮者、伊藤玲阿奈(れおな)です。

とうとうウクライナで戦争が始まってしまいました。むかし大学時代に国際関係学を学んだ身としては、第2次世界大戦がはじまった際の歴史と似ていることが気になります。さすがに人類も学んでいるはずなので、あの時の二の舞にはならないと思いますが・・・。

独裁的な権力をもった政治家がおちいる悪循環は、権力を持てば持つほど弾圧やら粛清やら罪を犯しているので、いったん失脚すると裁かれる恐怖におののき更に権力維持を狙って罪を重ねること。くわえて、反対勢力による暗殺や権力闘争の恐怖によって徐々に精神をやられていくことです。

ヒトラー(ドイツの独裁者)やスターリン(昔のロシア、ソビエト連邦の独裁者)は完全にパラノイア(偏執病:不安や恐怖の影響を強く受けており、他人が常に自分を批判しているという妄想を抱く)になっており、何百万人という人を殺しています。国のトップにもかかわらず、昼夜逆転の生活、戦争中でもパーティーやお茶会を明け方までやるような破綻した生活にもなりました。

プーチンは、一見そこまでの弱さがなさそうですが、独裁者の実情は隠されてプロパガンダで強い部分ばかり見せられるわけなので、彼の精神状態がどうなっているか、ある意味で心配になりますね。

さて、ウクライナでの侵略戦争はクラシック音楽界にも影響を及ぼしています。プーチン寄りの音楽家に”制裁”が発動され、次々に締め出される事態に陥っているのです。

私が本稿を書いているのは2月25日の夕方5時ごろですが、あと3時間後にカーネギーホールでは世界最高峰ウィーンフィルハーモニーの演奏会があります。今日から3日間の予定です。

当初、3日間の指揮を務める予定だったのは、ロシア人のヴァレリー・ゲルギエフ氏(1953~)。

超一流とされる指揮者で、私も彼が指揮した『春の祭典』のレコーディングの凄さに仰天したことがあります。(余談ながら、爪楊枝のような指揮棒(?)をもって震えるように手を動かす独特の指揮法にもかかわらず出てくる音楽は素晴らしいという、不思議な魅力をもった指揮者です)

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ゲルギエフ氏

ゲルギエフ氏は、折にふれて平和を訴えるコンサートを催すなど、平和主義的な姿勢を見せていましたが、実のところ極めて政治色が強く、プーチンとの親しい友人であるばかりでなく、援助も受けていました。したがって、2014年に起きたロシアによるクリミア併合も支持していたのです。

昨日24日木曜日、カーネギーホールとウィーンフィルは共同で、ゲルギエフ氏を指揮者から外すことを突然発表しました。理由には触れられていませんが、ウクライナが絡んでいることは明白で、西側からすると完全に悪魔的存在となってしまったプーチンとの強い繋がりが主催者にそうさせたわけです。

くわえて、カーネギーホールは5月に予定されているゲルギエフ氏率いるロシアのマリンスキー管弦楽団のコンサートもキャンセル手続きに入ったことも先ほど公表しました。

ゲルギエフ氏側は、現時点では公式にコメントを発表しておらず、ウクライナ戦争に対する彼の姿勢は不明となっています。しかしながら、長く沈黙することは不可能な情勢になってきました。

というのも、次のようにゲルギエフ氏に対する”経済制裁”が続々と発動されているからです。

*彼が音楽監督を務めるドイツの名門、ミュンヘン・フィルハーモニーは、「月曜日までにゲルギエフ氏がウクライナ侵略を支持しないことを表明しなければ解雇する」との声明を発表

*オランダのロッテルダム・フィルハーモニック管弦楽団は、不支持を表明しなければ9月に予定されていた彼が指揮する音楽祭をキャンセルすると発表

*イタリアオペラハウスの最高峰ミラノ・スカラ座は昨日書簡を彼に送り、「平和的解決を望む明白な表明」をしない限り、残りの契約を破棄することを警告

したがって、ゲルギエフ氏がプーチン不支持を明らかにしないかぎり、これからも彼に対する制裁がどんどん発動されると思われます。ただ、ロシア人の国民性からいっても彼がすぐに西側が望むような声明を発表するのか個人的には疑問です。第一、プーチンを裏切ることは暗殺の危険も伴いますから(毒殺されかけた野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の例など多数)。

ところで、ゲルギエフ氏がこれまでクラシック界で強い政治力を持って良くも悪くも目立っていたこともあり他の音楽家がその影に隠れがちですが、制裁を受けるのはゲルギエフ氏だけではありません。

今日のカーネギーコンサートで独奏者を務める予定だったロシア人ピアニスト、デニス・マツーエフ氏(1975~)も降ろされました。凄まじいエネルギーで弾くイケイケなピアニストで、この人も私は好きなのですが、残念ながらプーチンと近く、クリミア併合も支持していたのです。

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マツーエフ氏

降ろされた2人の代わりに急遽代役として入ったのが、カナダ人指揮者ヤニック・ネゼ=セガン氏(1975~)。アメリカのトップ団体であるフィラデルフィア管弦楽団とメトロポリタン歌劇場の音楽監督を兼任するという超多忙な人気指揮者です。

ゲルギエフ氏の代役を引き受けて、今日から金土日と3日間ウィーンフィルを振ったあと(しかも全部違うプログラム)、月曜日にはメトロポリタン歌劇場でヴェルディの『ドン・カルロ』の新演出を指揮するという、とんでもない過密スケジュールとなりました。しかし今までの積みかさねで乗り切れるわけです。私も修練しなければと思います!

また、マツーエフ氏の代役は、つい先ほど韓国人ピアニストのチョ・ソンジン氏(1994~)と発表されました。前回のショパンコンクールで優勝された方です。本番前日の要請にもかかわらず滞在先のベルリンからNYへ今日飛んでくるということです。曲目はラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』。こちらもさすが超一流という感じですね。

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ネゼ=セガン氏(上)とチョ氏(下)

いずれにしても、権威主義的国家にお世話になる形で活動している音楽家は、これから長い目でみるとリスクが高くなるのは間違いないでしょう。中国共産党と近いことで有名な超売れっ子中国人ピアニストなど、もしも中国が台湾に侵攻した場合は立場が危うくなるのではないかと予想しています。

以上、NYから緊急レポートでした。

【2月27日追記】

ゲルギエフ氏の所属事務所(Felsner Artists)が27日付で氏の解雇を発表しました。おそらく、ウクライナ戦争への不支持を公式に表明するのを拒んでいる状態だからだと思われます。事務所が先手を打ったということでしょう。これによってゲルギエフ氏は西側での活動はかなり苦しくなるものと思われます。下の写真は、事務所による声明文です。

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執筆者プロフィール:伊藤玲阿奈 Reona Ito
指揮者・文筆家。ジョージ・ワシントン大学国際関係学部を卒業後、指揮者になることを決意。ジュリアード音楽院・マネス音楽院の夜間課程にて学び、アーロン・コープランド音楽院(オーケストラ指揮科)修士課程卒業。ニューヨークを拠点に、カーネギーホールや国連協会後援による国際平和コンサートなど各地で活動。2014年「アメリカ賞」(プロオーケストラ指揮部門)受賞。武蔵野学院大学大学院客員准教授。2020年11月、光文社新書より初の著作『「宇宙の音楽」を聴く』を上梓。

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伊藤レオナ(在NY指揮者)
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