武藤嘉紀、上田綺世、そして大橋祐紀
3人の選手に感じた凄み
記念すべきエディオンピースウィング広島でのリーグ開幕戦で、サンフレッチェ広島の新戦力であり今季の大目玉・大橋祐紀が2ゴールを挙げて広島を勝利に導いた。今頃ユニフォームをはじめとしたグッズが売れ始めていると察する。
あまり彼を知らない人からすれば彗星の如く現れた新星ストライカー、という感じだろう。特に、広島のサポーターで、湘南時代の彼を逐一追っていた人は多くはないと思う。
一方、プロ入り前から大橋の未来に大きく“ベット”していた自分からすると、全く驚きのない結果である。彼はこの十数年の間でも、群を抜いた能力を持った点取り屋だった。
大学時代に彼を見ているとき、どうも自分は色々な人に「大橋は日本代表になれる」と吹き込んでいたらしいが、それほどストライカー・大橋祐紀の未来に賭けていたのだと思う。もちろん今も彼へかける期待は強いのだが、当時から相当なモノだったようだ。
一つ一つのプレーから見せる凄みもそうだが、正直にいうと“直感”が大きい。何試合か見て「あ、この選手はちょっと凄いストライカーだな」と思ったのである。ただ、その直感をもう少し紐解いて見ようと思う。
移籍が決まった日にXでもポストしたが、自分が大学サッカーを13年取材して同様の感覚を持ったのは、武藤嘉紀と上田綺世、そして大橋祐紀の3人だけである。
3人に感じた印象はそれぞれ異なる。武藤嘉紀は相手に奪われず、負けず、とにかくゴールへ向かうパワーと推進力があって、シュート精度も高かった。“ストライカー”とは少し異なるかもしれないが、衝撃度は高かった。
上田綺世はそのオーラと、ボックス内での存在感が別格だった。高校時代からとにかくペナルティエリアでのプレー回数が多く、武藤同様にシュートが上手かった。なぜかわからないが彼の元にボールがこぼれてくるし、とにかくゴールを取ることに全神経を集中させて結果を残し、「守備なんかしなくても点取ればいいだろ?」と口にはせずともプレーで示すのが印象的だった。
では、大橋はどうだったのか。
個人的には、「万能ストライカーの最高形態」と表すのが適切だろうか。
万能さを生んだ“弱点の認知”
先に名を挙げた2人と比べて、ダントツにやれることが多いのが大橋という印象だ。特に、守備の部分はこれまで自分が見てきた大学サッカーの選手でもNo.1かもしれない。何度も追いかけ、止まらない。特に前から追いかける迫力はかなり大きく、全くと行っていいほど守備をしなかった上田綺世とは対象的だ。
「自分の一番の強みは推進力というか、前に行く力だとは思っています。守備もそうですし、もともとけっこう守備からというチームだったので。高校も堅守速攻。根本的に前プレというのがあります」
大学時代に前線からの守備について聞いたときにこう答えてくれたが、彼にとっては守備をするのは当たり前であり、そこで自分のリズムを作っていた。それでもって、守備での疲弊が攻撃に影響することはない。裏抜けでの1対1やクロスからのヘディング、ボックス内で短いエリアをドリブルで抜いてのフィニッシュなど、多彩なパターンでシュートを決める瞬間を何度も見た。
これだけ守備もできて、形を選ばず得点を決められる選手はなかなかいない。当時、こう感じたものである。
大橋の存在価値が高まった要因の1つに“技術の高さ”がある。前から守備をしつつ技巧派の選手というのはあまり見ないが(技術で劣る部分を走力や守備でカバーする選手が多い)、大橋は足元も巧みだった。
…というと、細かなタッチで相手の逆をとっていなしていく技術を想像しがちだが、そういう類のものではない。ゴールへ向かう過程で自身の範囲に来たボールを逃すことなく、次のプレーへ行くまでがスムーズでムダがなかった。見てる側が落胆するようなボールロストはほぼなかった。
何より、シュートが上手いのだ。大学時代はシュート決定率は常に50%ほどあって、枠に入れる技術が高かった。23試合で13点という昨シーズンの結果もそれを証明している。
そして、彼自身が意識をしていて筆者自身にも強く印象に残っているのは、“張る”プレーを好まなかったことだ。あえてここの戦いを避けていた。
「背負って受けてシュートを打つというよりかは前を向いてもらうことの方が多いですね。体を張ってポストプレーをするかと言うとそれは得意ではないんですよ。 179 CM で腕もめっちゃ細いですし(笑)。強いかといわれるとそうでもない。190 cm のセンターバックが来たら体は張れないと思うので」
いかに潰されずして前へ向かうか。ここの精度を高めることを大学時代は特に注力しており、最前線でもひとつ下がってギャップで受けてターンをして相手ペナルティリア内に潜っていくプレーや、駆け引きで相手の逆をついてラストパスを受けてフィニッシュまで持ち込むプレーを何度も見た。その過程の中で局面での技術や判断スピードは磨かれていったのだが、実はベースはあった。
大学1,2年次にはボランチはじめ中盤でプレーをしており、“それなりに”できる選手だったのだ。3,4年でFWに専念する中でその技術を高い位置で、ゴールを取るためにどう使うか、という部分を学び会得していった形である。
このように自身ができないことを認め、必要な部分を分析し身につけるために磨きをかける過程には“素直さ”“愚直さ”は必要不可欠だ。変にプライドが高くてこの点と向き合えずに潰れる選手も多い。
とにかく“真面目”であること。これが、大橋の強みだ。彼は高校・大学とスポーツ推薦で進んだ選手ではない。八千代高校には一般受験で普通科に進み、大学ではスポーツ推薦枠から漏れ学部推薦で入学している。面接と小論文でスポーツの実績は関係なく判断される試験を経て、入学を果たした。
ちなみこの学部推薦に漏れたらどうなってたのかを聞いたときには、「ダメだったら勉強でどこかMARCHに行こうかなと」思っていたようだから驚きである。なお、八千代の普通科は偏差値は66前後ある。いい意味で“シンプルな優等生”なのだ。
真面目さゆえの…
そんな“真面目さ”を知っていたゆえに、というと少し意味が異なるかもしれないが、開幕戦の2ゴール以外で個人的に印象に残っていたシーンがある。
後半開始早々、自ら奪ったPKを譲ったシーンだ。変な話、貪欲なストライカーなら自分が蹴りに行くだろう。ボールを絶対に離さない。ただ、大橋はピエロスに委ねた。そのときに「性格は変わらないな」と思ったものだ。そして、思い出したのは大学ラストシーズンで語っていたこんな言葉だ。
「僕は、“自分が自分が”というタイプではないんですよね。ピッチの中では自分が点を取りたいと思ってしまうんですけど、自分が前をやっている以上は点を取らなければいけないと思っていますし、とりたいですし…。それが楽しいですし、やりがいです。1番嬉しいことでもあります。でもその半面、チームが勝つ過程で周りが点を取ってくれればそれも嬉しいし、今は一番それが楽しいかなと」
“いいヤツ” だというのがわかるエピソードである。ただ『プロに行くFWがそれでいいのか?』と同時に思ったし、今でも自分はプロに行く選手はエゴは強く持っていてほしいし、件のシチュエーションでいうと自分で取ったPKは誰にも渡さないでほしい。そういう選手が上にいくものだ、と思っている。
しかし、そんなエゴを見せない彼でも『絶対にプロで活躍できる』という確信が筆者には当時からあった。献身性とFWとしてのスキル、客観的に見て捨てるべき勝負を捨てる姿勢、変わりに必要なスキルを分析し磨きをかけモノにしていく過程を愚直に歩み続ける真摯さなど、先にも書いたこれらの要素を持ち合わせている選手はなかなか見ない。これが、彼への期待と躍動の確信に繋がっていったのだ。
エゴを持たずとも自らゴールを奪えて、チームのために走る。やり続けられる。こんなFWは貴重だ。
世界では勤勉さや真面目さが日本人の特徴だと思われており、ときにはそれが上のレベルへ行くための障壁と数えられることもある。ただ、大橋祐紀は日本人の良さを究極にまで突き詰めたらここまでいける、と証明してくれる選手のような気がしている。
広島で活躍するのは当然として、来年には日の丸を背負い欧州へ羽ばたいていってほしい。
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最後に、自分しか知らない彼のパーソナリティを象徴するエピソードを伝えたい。
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