宮廷画家

  山の上に、白い宮殿がある。毎日その場所に通う私達は、そこで演じる役者である。私達の役名はまだ決まっていない。給仕をする女官か、下働きをする見習いか、側室か皇后か。それとも女王か。毎日王座をかけて戦い続けている彼女たちを横目に戦いを放棄した私は言う。

どうせ無駄な戦いだと。

 宮殿には長い石畳を歩いて行かねばならない。そのため、馬車が通っている。まだ階級も役職も決まっていないからか、馬車にはたくさんの、そしていろんな人間が乗る。私も乗る。女王候補たちがたくさん乗っているその馬車で、私はいつも浮いていた。私には個性がなくて、普通過ぎることが普通じゃなかった。息苦しくて辛い。と同時に、私が充分に息もできないような場所で凛々しく前を向いて立つ彼女達が羨ましい。どうしてこうも彼女達と私は違うのだろう。私はどこで間違ってきたのだろうか。何故、
 
 持ち場について自分のすべきことをする。この宮殿は私達の住処ではない。学び舎で、城で、いかに自分の糧にするかが必要な場所である。私はその事実から逃げながら絵を書いている。一日の予定が終わったらいつもの特等席で、パックのレモンティーをお供に絵を描いている。虚構を、風刺を、別の世界を、時に理想を、私の色で。私だけの色で。それだけが私の防具だから。何枚か書き連ねて、集中力も切れてきた頃、パックのレモンティーが「ごぉ。」と悲鳴を上げて空になったことを伝える。
 黄昏時、窓から見えた景色に心を囚われた。夕焼けに夜空が浮かんでいるような不思議な光景だった。私は驚いて部屋の方へ振り返ったが残った部屋にいた数人は、その摩訶不思議な空には全く気づいていないどころか、慌てふためく私に、微塵の興味も示していなかった。私はその現状に多少の苛立ちを覚えながら心奪われたその空をもっと近くで見るために外へ飛びだした。
 夜景が、光が、星がこの手に乗りそうなほど近くて夕焼けが私を丸ごと飲み込みそうなほど赤い。この空を自分のものにしたくて光を吸い込んだ。そうだ、この空を絵に描けたならどれ程綺麗だろう。私が今、ときめいたこれを見たまま、そのまま私だけのものにしてしまえたなら、きっと。そう思うと居ても立っても居られなくなって一番光が強い星に手をかけていた。私は走って部屋に戻った。戻った部屋には誰もいなかったが、私は気にもかけず筆を持って一番星に刺した。そして、その光で絵を描いた。
 あなたには、見えるだろうか。私があの日見た空が、星の光を手に入れた私が。私の絵が、私が女王になる瞬間が。


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