ホロスコ星物語222
目を開けると、そこは夜露に濡れた、草の匂いと、柔らかな土の感触、、自分が横向きに寝ていて、うっかり眠っちゃったな、と気付きます。
場所は緩い傾斜の上、目の前には背の高い木々が密集していて、その下には、やや深めの谷と、流れの緩い、少し広めの川があって。ええっと、ここは、山の中、なんだっけ。
ほとんど人の手がかかっていないからか、鬱蒼と繁る樹の上には、栗鼠の小さくて可愛い姿があったり、小鳥の鳴き声なんかも聞こえています。季節は秋に近いはずだけれど、涼やかな風は心地よく、これだけ見ると、とても平和で穏やかな空間に見えるよね。
、、あとは、近くからこちらを見る瞳が、ね。もう少し穏やかだったら、良い目覚めになっただろうにね。
「ランツィア、、そこまで警戒することなくない?」
せめて剣は下げてよ、と。ちょっとだけ離れた木陰で、固い表情で、無言で剣を向けてくる男の子に、目を上げて緩く微笑みかけ、気楽な調子で声をかけます。
ランツィアは、無事目が覚めたみたい。特に昨日と変わった様子もなくて、それはちょっと安心します。あんまり長く目を覚まさないものだから、もしかしたらガレネに何かされてたのかもとか、心配しちゃった。
ただ一つ、昨日と決定的に違うのは、ランツィアは立ち上がり、ほとんど敵認定とも言えるくらい、こちらをじっと見て、警戒していて、油断もなければ、隙も作っていないこと。ガレネに止めを刺す邪魔をした時にはまだ、ここまでひどくはなかったから、、そっか。
二人の信頼に、自分で止めを刺しちゃったかなーーやっぱり、昨夜。
「ランツィア、、昨日、山で」
「キーリ、一つ答えてくれ」
こちらから切り出そうとした、その声に被せて。ランツィアの、固い声が問いかけてきます。
それに、一度言葉を区切って、何? と返します。
ランツィアの瞳に、何か覚悟のようなものが宿っていること、その手に持つ剣は、切っ先が下げられていないことを見ながら、なるべく自然に首をかしげて。できるだけ、今まで通りに。警戒なんてしてないよって。ちゃんと味方だよって、わかってもらえるよう、笑顔で。
「私に答えられることなら、教えてあげるよ?」
「キーリ、、僕はついさっき起きて、辺りの状況を確認してきた。今どの辺りにいるのかや、アラウダの動きなんかを見てきたんだ」
「うん。それで?」
「まず疑問に思ったのは、移動距離だ。地図で見たことがある、、この丘の下に見える河川は、コーニア山近辺の川辺のはずだ。流れが穏やかで増水しにくいことから、冒険者たちが好んで夜営に使うという」
へえ、、さすが。剣の腕だけかと思ったら、管理人を任されるだけあって、ちゃんとこの辺りの地理についても詳しいみたい。名前もしっかり覚えてるとか、ちょっと真似できません。
ランツィアは、だが、とやや不可解なものを見るようにこちらを注視しながら、言葉を続けます。
「僕らは昨日、夕方前にはまだ、最初のクロト山にいたはずだ。あれから、僕を抱えて移動したとして、君は一体どうやってここまで来た? まして山中には、先行していた冒険者やアラウダの連中がいたはずだ」
そうランツィアは警戒の強い、やや緊張した口調で、特に、アラウダの連中、を強調して、疑問を口にします。周囲へも、注意深く、様子を窺うような目を向けながら。
、、どうも、この警戒心と緊張を感じさせる瞳からすると、今剣を向けられているのも、思ってた理由とは違うみたい。てっきり、実は意識がちょっとあったとかで、昨夜の闇魔術の片鱗でも見られてしまって、それで敵認定されてるのかな、と思ったんだけど。
本当にここでランツィアの警戒する理由は、、その口ぶりからすると、なるほどだね。障害があって、短時間で走破するのは、難しい山。じゃあ、障害が障害じゃなかったら? むしろ、協力者だったら? って。そういうことだよね。
その疑念を払拭させるように、その問いに苦笑して、違うよ? と首を振って答えてあげます。
「私はガレネに指摘された通り、プロトゲネイアとは全く関係ない、全然違う国の人間だよ。だから、アラウダの手引きでここまで来たとか、そういうのは全然ないよ」
「、、本当なのか? もしアラウダを敵として、戦いながら移動したっていうなら、いったい何時間かけてここまで来たっていうんだ? 夜通し駆け抜けたって、そんなことは、、」
口許を覆うように手を当て、そんなことは到底不可能だ、とでも言いたげに、戸惑った様子でランツィアは言葉を途切れさせます。少しだけ警戒を解いたのか、緊張をちょっとだけ緩めて。
うん、、なんだかんだ言って、だいぶ神経を使ってたんだろうね。いつ起きてたのか、ランツィアはだいぶ疲れた様子で、思考に沈みながら下げた目線は、自然と昨夜から置きっぱなしになっていた、携帯用の干し肉とパンへと向けられています。
本当は、勝手に食べてもらっても良かったんだけど、、実は私はアラウダとはグルで、アラウダに手助けされてきたからここまで来れた、みたいな場合、この食料だって、当然罠だって、思ってしまっただろうし。お腹空いてるんだろうな、ずっと我慢してたんだろうなって思って、まずはそのパンとお肉を、そっとランツィアに差し出します。警戒させてごめんね、って。
それで、ようやくランツィアも、こちらに向けていた剣先をゆっくりと下ろし、恐る恐るではあったけれど、その二つを受け取ります。
それから、ランツィアはチラッとこっちを窺いながら、やがてお預けにも耐えかねたのか、獲物を狩った狩猟犬のように目を煌めかせると、ようやくありついた食料に、飢えた子犬のようにがっつきます。でも脳内では、どの山を越えるのに何時間要するか、アラウダとの足止めで、どれだけ時間を使わされるかを考えているみたいに、唸ってもいて。や、なんか本当に犬みたい。
真剣に考えてるところ悪いけど、でもランツィアが考えて計算できるような、そういう範疇の動きをしてないと思うんだ。
だから、たぶんだけど、と。その思考に声を割り込ませるように、ランツィアへと本当のところを告げます。ちゃんと信じてくれるといいんだけど、って思いながら。
「最初の山は下るだけだったから、かかったのも15分とかだと思うよ。あとは大体、一山一時間で越えてきたと思う。で、ここで夕飯も食べて、そしたら眠くなってきちゃって」
うっかり寝顔を無防備にランツィアに晒していた、とか思うと、ちょっと気恥ずかしくて、ついつい、あはは、とかはにかんでしまうけど。
少なくともこの位置が、下の川辺から見えていなくて良かった、とその点は胸を撫で下ろします。あの川には二組冒険者がいて、ここにいるってことは、あんなに和気藹々としてても、やっぱりアラウダの一員とか、関係者だったんだろうし。さすがに、寝てる間に襲われるのは遠慮したいし。
幸い川辺には既に、昨夜見たどちらのパーティの姿もありません。これも寝てたのが幸いしたというか、彼らはこちらには気付かずに、もう出発した、ってことだと思うんだ。神域で出くわすのか、途中で対峙することになるのかは、まだわからないけど。でも、さすがに帰ってはいないだろうし、ちょっと嫌だな、と思います。彼らと対決するのは、ね。なんとなく、気分的に。
とりあえず、簡単に今までの道程と所要時間、今現在の状況の説明をしてあげたんだけど、ランツィアは、なんだか信じられない言葉を聞いた、みたいに目を見開いて、口をポカンとした様子で開いて、こちらを見つめています。聞こえなかったわけじゃなさそうだけど、、なんだかよくわからない反応。
「、、ランツィア? 聞こえてた?」
「あ、いや、、そんな、キーリはそれじゃあ、アラウダの人間とは運良く遭遇せずに、ここまで、そんな速度で駆け抜けてこれたっていう、、」
「ううん、アラウダとは三回くらいぶつかったよ。みんなちょっと故郷に帰りたくなるくらいには、痛いお仕置きしてあげちゃったけど」
というか、たぶん今ごろみんな、眠るのすら怖くて、寝不足のまま、フラフラと山でも下ってるんじゃないかな。呪っているわけでもないし、なんだかんだどこかで力尽きて寝ちゃうだろうから、そんなに心配はしていないけど。むしろアラウダの一部隊くらい同伴して連れ帰ってくれてたら、邪魔者が減ってありがたいかなとも思っています。
説明を聞いたはずのランツィアは、ますます信じられないというように、半分くらい脳みそがフリーズしてるような、呆けた様子で、口を半開きにして固まっています。なんか、脳が説明を受け付けなかった、みたいな感じ。
こっちは覚醒者だし、アラウダくらいの実力なら、大して苦もなく退けられるに決まってるんだけど、、私、見た目は普通の女の子だと思うし、やっぱり、ランツィアみたいな普通の人の目からは、簡単には信じられないんだろうね。
「、、ランツィア?」
なんか、反応してくれないんじゃ面白くないよね。あ、もしかしてまだまだお腹が減ってて、頭が働かないとか?
ふと川辺に目を落として、思い付きで、とりあえず手元の袋から適当に野菜とパンを取り出して、、うん、ランツィアも年頃の男の子だもんね、そりゃもっと食べたいよね。自分も朝御飯にしたいし、折角だからサンドイッチとスープでも作ろうと思います。
「ふふっ、料理なんて久しぶり」
一回フリーズ中のランツィアは放っておいて、収納袋から野菜や肉や調味料を、追加で必要な分だけ取り出します。水や火は、味気ないけど時短のため、全部魔法で代用で。
鍋は、借りてきたベスタの収納袋から取り出して、水を張って、極小の火を呼んでお湯を沸かして、野菜から煮込んで、、栄養バランスを考えたら、やっぱ豚肉と鶏肉も一緒に煮込んでおく感じかな。
「、、キーリ? 何をしてるんだ、、?」
「あ、簡単でごめんね? 食事作っちゃうから一緒に食べよ?」
ここまで、旅の途中では、ベスタが栄養バランスを綿密に考えた料理を担当してくれてたし、普段なら、自分だけならパンと干し肉とかで、簡単に済ませても良かったんだけど。昨夜、冒険者たちの美味しそうな料理を見てしまったのもあって、和気藹々と楽しそうだったあれを思い出してしまって、、ちょっと真似事をしてみたくなった、っていうか。うん、ほんの気まぐれです。
ランツィアは、まだよくわかってない様子だったけど、美味しそうな匂いには勝てなかったみたいで、その辺の切り株に腰かけて、素直に料理の完成を待ち始めます。たぶんランツィア、さっきのお肉とパンを除けば、昨日の昼くらいから何も食べられてないはずだし、やっぱり人間、食べなきゃ動けないもんね。
じゃ、醤油や出汁を投入、十分煮込んだところで、盛り付けて完成っと。
「はい、どうぞ?」
「あ、ああ、、すまない」
差し出された器を素直に受け取るランツィアに、箸も一緒に渡してあげて。自分もスープを盛って、久しぶりの暖かいご飯にありつくとします。ついでに作ったサンドイッチは、残り物を挟んだだけだから、わりとてきとーだけどさ。
「ん、美味しい」
スープはちゃんと出汁も利いていて、なんかまだ転生する前、現代にいた頃を思い出します。というか自分で作った料理なんて、本当にまだ現代世界のアパートで自炊してた頃以来かもしれない。
勿論サンドイッチも美味。味付けとか調理とか、忘れてなかったみたいで良かった、となんとなく胸を撫で下ろします。失敗作を人に振る舞うのは、さすがに恥ずかしいもんね。
それから、ーーそういえば、コエリって料理とかするんだっけ、と手元のスープを見て、思い出します。
確か以前、デネブの自爆の原因になってしまった、崖の上の村で、コエリと入れ替わっていた間に、二度も手料理を振る舞ってもらった、、とか、ベスタが言っていた気がします。それも、高級食材をふんだんに使った上、それもプロ並みに上手に味付けしていて、これまた抜群に美味しくて。村にいた女の子の、料理への概念を壊しそうになっていたんだとか。
コエリって、転生して公爵令嬢になっちゃった自分と違って、生粋のお嬢様だったから、自分で料理をするっていうのも、意外だったんだけど。どうも、私が寝てる三ヶ月弱の間に、暇潰しか何かで修行したみたいなんだよね。
それも、味付けに細かいベスタが、箸が止まらなくなるくらいには絶品だったというんだから、さぞ凄い腕だったんだろうなって思うし、、できるものなら、自分も一度食べてみたい気がします。
でも、、ま。スープを飲みながら、それも、簡単にはできないか、と首を振ります。それができるとしたら、一回また全魔力を魔石化して、コエリを起こしてから料理を作ってもらって、元に戻って食べる、とか、、それくらいしかなさそうだもんね。
勿論、魔力を魔石化するにせよ、元に戻るにせよ、どちらも簡単じゃない上、無視できないリスクがあることだし、そんな理由でコエリを起こしたら、さすがに怒られるじゃ済まないと思うから。それはやらないけど、、コエリの料理かー。いっそコエリを自分の中からどうにか分離して、二人のコエリになれたら簡単なんだろうけどね。
「ランツィア、おかわりいる?」
「あ、ああ、、すまない」
男の子って食べるの早いよね。色々考えている間に、手元が空いて、物足りなそうにしているランツィアに、もう一度よそってあげて。ちょっと残っちゃいそうだけど、次元収納に入れておけば、時間経過は無視できます。
さて、あとはランツィアを待つとして、ひとまずこれでお腹問題は解決。とりあえずここからは、問題なく先に進めそう。
ーーと。
不意に、何かの気配が、よぎった気がして。
「キーリ?」
「、、ごめん、ちょっと食べてて」
谷の下の川辺は、相変わらず流れは緩やかで、魚が泳ぐ姿が散見されています。特にこれといった異常は見つかりません。
でも、その川を遡った先、、これ、誘われてるよね。
だから、ちょっと行ってくる、と。ランツィアに断ってから立ち上がって、軽い跳躍で、一気に谷底まで飛び降り、川辺の砂利の上へと降り立ちます。それから、昨夜の冒険者たちのキャンプの跡を横目に、少しだけ川上へと歩きます。
緩やかとはいっても、そこは山に流れる川、上流には、だいぶ先の方に、山中へと続く水源があって、、その、先端の方かな。青白い、光の痕跡ーー
「昨日は地底湖と南の海洋、今日は川の上流、、龍頭山脈っていうのは、水に縁でもあるのかな?」
問いかけに返る声は、勿論ないけれど。
そういえば、古来日本における龍神様っていうのは、水と深い関わりがある水神様だ、とか聞いたことがあるけど。ここは異世界だし、龍頭っていう名前は気になるけど、さすがに関係はなさそうかな。
ただ、ここからならよりはっきりと感じ取れる、、昨日の地底湖と同じ、転移魔法陣の魔力ーー
「キーリ!!」
「っ!?」
丘の遥か上で、ランツィアが叫ぶのと、ほぼ同時。すぐ真横を流れていた川から、水の塊が、何か細長い獣のような姿をとって、飛びかかってきていて。
水の姿でもはっきりとわかる、鋭い牙を持った、大きな口。鰐のように細長く、額からは角のような突起が生えた、それこそ、龍の首から上だけが切り取られたような姿を、川の水が、象っていて。
それが、突如牙を剥いて飛びかかって来たのだと。そう認識した時には、既にその口は、がら空きだった胴へと喰らい付き、その牙を突き立てていました。
「っあ、、!」
腹を両断するように、腰骨を噛み砕かれたような凄まじい衝撃を受けて、思わず膝を付きます。
転移魔法陣から何か出てくる、と思っていたから、、魔力反応が川からは感じられなかったから、完全に油断していました。実際、さっき察知した気配はむしろ、転移魔法陣の方から飛んできていたはずだから。
「キーリーっ!!」
「来ちゃダメ!」
上から聞こえた必死の叫び声へ、とっさに大声を返します。こんなの、ランツィアがくらったら、問答無用で死んじゃうし。
いや、私だって、めっちゃめちゃ痛いんだけどね、、唯一幸いだったのは、相手が水だったから。今の龍の口は、食らいついた衝撃で自身の形状も崩れ、元の水に戻って、ばしゃばしゃと砂利の地面へと弾け飛んでいます。
あれが物理的に実体を持った、本物の龍の牙だったら、、本当にやばかったよね。きっと私でも今頃胴体は両断され、上半身と下半身で泣き別れになっていたと思う。
今は、凄まじい激痛に加えて、多少の出血はしたみたいだけど、、まだ、痛いだけ。まだ、どうにか動けるし、致命的ではありません。
今のあれは、、見た感じ、火炎弾や石礫に近い、ある種の飛び道具のような魔法、ということかな、、顔を上げてみると、ランツィアは少し顔色を青くして、鋭く上げた制止の声で、まだ丘の上で立ち止まっていて。うん、、あれだけ離れていれば、あっちに龍の口が飛んでも、対処はできるはず。
「つうっ、、さすがに、効いた、かな、、」
不意打ちの、奇襲攻撃、、これだけダイレクトに牙を突き立てられると、さすがに足にも来るけれど。まずはどうにか、ゆっくりと立ち上がって。もう一度、転移魔法陣と、川辺に交互に目を向けます。でもやっぱり、転移魔法陣にしか魔力反応はないみたい。川は、静かで普通そのものです。
私の場合、常時無意識に全身に強化は施してあって、普通ならどんなダメージも通らないくらいーーそれこそ、昨日の巨大火炎球の爆炎でもダメージを受けなかったくらいーー常人離れした頑丈さを維持していたから、それも油断の原因でした。
まさかその上から、こんな一撃を受けるなんて、、相手は、あの偽カイロン、、?
正体は、よくわかんないけど、、転移魔法陣はまだ光っていて、とにかく、普通の人間にできる魔力ではないし、油断はできません。自分だったからどうにか今の一撃でも、膝を付くだけに止められたけど、これをランツィアが受ければ、水とか物理的な実体とか関係なく、一瞬で胴を食い破られ、致命傷を負うのは、間違いないから。
お腹を押さえながら、一歩、二歩と慎重に歩いて、、上流の魔法陣は、まだそのまま。
龍の、口ね、、これまで見たことはなかった術だけど、少なくとも、水魔術ではあるはずだから、川辺に降りて来なければ、ランツィアがそう危険な目に遭うことはない、、そう判断して、まずはあの、転移魔法陣を破壊するーー
「キーリ!!」
「見えてる!」
構えた真横、再び川中から、今度は顔をめがけて食らいつきにきた水の龍頭を、身体を大きく屈めることでかわします。その一瞬、龍の目と、目があったような気がして、
「くぅっ!!」
避けた、と思ったのにーー龍の頭は素早く減速、まるで生きているかのように方向転換し、今度は真上から肩口へと食らいつかれます。
誘導性能、、まさかの、追尾機能付き。そんな水魔術、今まで研究してきて、一度も、見たこともありません。魔法の弾は放ったら、それこそ砲弾のように物理法則に従うのが普通で、こんな風に、避けた場所からそのまま方向転換して、襲ってくるなんて、、本当に、生きた龍を相手にしているみたい。
さすがに、首へ食らいつかれるのは、ギリギリで避けたけど、、急転回で迫る龍の口を完全に避けるには、体勢が悪すぎました。一回食らいついたら水に戻ってしまうから、連続で仕掛けられないっていう部分だけは、あるにしても。肩口とはいえ、素肌の上からだったのもあって、今度こそ本当に牙に貫かれ、激しい出血をしたのが、朱に染まりつつある上半身から、わかります。
、、ブラウスが、ベタベタして肌に張り付いて、気持ち悪いな、、それも、場所が首に近くて、血流が阻害されたみたいに、視界も定まらなくて。その場で、崩れるように倒れ込んでしまって、ちょっと、すぐには、起き上がれそうにもなくて。
、、こんな風に傷を負ったのは、確か王都西の森で、影狼に食いつかれて以来だっけ、、あの時はセレスがいて、ベスタもいて、生死の境をさまよいながらも、どうにか助けてもらったけど、、
今度は、まだ龍の頭がいて、たすけてくれるひとは、いなくて、、
「キーリ!! しっかりしろ!!」
「ラン、ツィ、ア、、!?」
嘘、、だから、、ダメだって。降りて来ちゃダメだって、言ったのに。
ランツィアは、谷へと続く急斜面を一気に滑り降りてきたみたいで、ここまで走り込んでくると、倒れ込んだまま動けなくなってしまった身体を、脇の下に肩を入れて、強引に起こして。それから、自分の背中に乗せて、急いで川辺から離れようと、無理やり駆け出すと、山の傾斜を登り始めます。
「ラン、ツィア、、あぶ、ない、って、、!」
「いいから喋るな! あの龍の首が来たら教えてくれ!」
僕が叩き切ってやる、と意気込むランツィアは、けれど、それが精一杯の強がりで、身体が小刻みに震えているのは、彼の背中を通じて伝わってきます。
でもいくら、身体強化をしてあげてあるとはいえ、片手はこちらの身体を落ちないよう支えて、もう一方の手は、降りてきた傾斜を上るのに、握っている剣が邪魔になっていて、、斜面を登るだけで、四苦八苦しているっていうのに。
もしもう一回、龍の首が来たら、、もう相討ち覚悟で炎弾でもぶつけるしかないかな、と。少しぼうっとする頭で考えるけれどーー、何故か、あの二回以降、龍の首が再び襲ってくることは、なくて。
「っはぁ、、!」
ほとんど登山の要領で、ランツィアは、どうにか、元の食事をしていた場所まで、戻ってきてくれて。その時には、ずいぶん時間が経過してしまったような気がするけど、、見えている距離でもあったし、実際に要した時間は、そこまででもないんだろうね。
ただ、、ちょっと、その何分かを放置するには、出血が、多すぎたかな、、止血する余裕がなかったから、しかたないんだけど、、
「キーリ、、! ダメだ、目を閉じるんじゃない! 目を覚ますんだ、キーリ!!」
そう、必死になって呼び掛けるこえが、聞こえてくるけれど。
もう、からだにちからが、入らなくて、、それに反応することは、できなくて。
重くなってきたまぶたは、ゆっくりと、やみの到来を、つげるようーー