眩しくてよく見えはしなかったが、きっと太陽もニヤついていたに違いない。
三つあるレジの一つが空きそうだったので、ぱっとそこに並んだ。そこは地元の産物の直売所で、旨そうなものが一通り揃っている。
レジの人(まあまあおばあさん)と俺の前の客のおばあさんは友達らしく、おばあさんが買った品物を丁寧に袋に詰めながら二人で世間話をしている。俺はとりわけ急いでもいないし、のんびりそれが終わるのを待っていた。
話が一息ついたのか、客のおばあさんが切り上げて金を支払おうと財布から一万円札を出した。すると「あらああた、お金はらったわよ」とレジのおばあさんが言った。
「ええっ、あたしお金払った?」客のおばあさんは驚いたように言う。
「ほら、こんな風に(レジの画面が)なってるから払ってると思うわよ」とレジのおばあさんは押す。が、その自信もあるわけじゃないのか「いやだ、あたしレシート渡さなかったかしら。渡したでしょ。財布見てみて。」と客のおばあさんに促す。
客のおばあさんは財布の中をみながら「いや、お金が減ってないような気がするからやっぱりまだ払っていない」と言い張る。その広げた財布の中も色んな「紙モノ」が沢山詰まっていて、どれがお金でレシートで、保険証で、ポイントカードで、会員証で…、なのかパッと見ただけでは分からない。「とにかく」と言うように、握った一万円札をトレイの上に置く。
払ったと主張するレジのおばあさんはその一万円は完全無視。品物を詰めた袋のなかをまさぐりながら「どこかにレシートがあるから。レシートレシート」なんつって繰り返し呪文を唱えるが、魔法はかからずレシートは出てこない。
俺は自分の顔が半笑いになっているのを自覚しながら、客のいなくなった隣のレジに移った。いくら時間に余裕があるといってもいつ終焉がくるともわからないおばあさん同士のコントに付き合う気はない。
さてそのレジのおばさんは、半笑いの俺の顔をみて、苦笑い気味に「すいません」と小さく言う。「おばあさん同士困っちゃいますね」という感情が入っているのかどうかは判別しにくい。
俺がレジに置いたのはパックに入ったお好み焼きと、アボカドひとつ。そのおばさんはちゃっちゃと精算してくれる(つもりはもちろんあるんだろう)が、「これはアボガドでしたかね、アボガド」と決して俺に返事を求めているわけではない雰囲気の独り言をいいながら、アボカド片手に値段票を探る。
もちろん俺も大人だし野暮でもないから「濁点いらないんです。アボカドですよ、アボ「カ」ド」などと知ったかぶって訂正したりはしない。世の中の野菜でほかに類似のものもないし、見て分かればそれでいいだろう。
と、今度はむこうから別のおばあさん(店員)の声が。
豆腐で作った白玉団子の紹介らしく、試食してくれと店内のお客さんを回っている。
「どうぞ、ひとつ、これ。」とお盆の上の小さな薄い発泡スチロールのトレイに二つずつ入った黄な粉のまぶされた団子を客に勧めている。団子の気分でもない俺は右目の端と右耳だけ注意を向ける。
すると客のひとり(おばさん)がひとつそれを受け取ろうとした。団子のおばあさんはトレイを差し出しながら説明する。
「これは食べても美味くならないんですよ」
客のおばさん「えっ」と言って聞き返す。団子おばあさんすぐに答える。「これ、食べても美味くならないんです」
アボガドおばあさんと対峙していたために、あくまでそのついでに成り行きをチェックしていた俺も本腰を入れて振り向く。
するとちょっと若い店員さんが団子おばあさんのエプロンをちょいちょいと引きながら注意する。「冷めても堅くならない、でしょ。」
お釣りをもらって品物を受け取り店を出た俺の顔はたぶんどうしようもなくニヤついていたことだろう。青空には春の太陽がのどかに輝いていた。
「これ、食べても美味くならないんです」
眩しくてよく見えはしなかったが、きっと太陽もニヤついていたに違いない。
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