ボディコンバットのクラスにはここ数年ずっと週6で出席している。
Fitness Firstというジムに通っている。
筋トレは一切やっていない。やるべきなんだとは思うが、楽しいと思わないからマシンのほうに足が向かない。
ただボディコンバットのクラスにはここ数年ずっと週6で出席している。
週7じゃないのは金曜日はクラス自体がないからだ。あればもちろん参加する。
デブにも拘らず身体は割とスムーズに動く、と思う。
肩も軽く、パンチもフックも好調だ。股関節が固くてキックに高さがないのが難ではあるものの、今のところ膝もかかとも問題はなく、クラスに参加しているほかの人たちと比べてもジャンプはできるほうだ、と思う。
大学生のときの俺の身体はこんなに動いたろうか…。高校のときはどうだったろう…。思い返してみても、学生時代は日ごろから体を動かすタイプではなかったから記憶自体がない。
ちなみに「踵(かかと)」という字は「足」と「重」と書く。「重」には大切だ(貴重)とか尊ぶ(尊重)だとかの意味がある。足の貴重なところが「踵」であるということだろう。
さて、書家だと名乗ってやらせていただいているわけだが、書家としての大事な仕事のひとつに「大書パフォーマンス」がある。でかい筆で身体より大きい紙に文字を書く様を人前で披露する。
個人的に、箒(ほうき)みたいな筆をずるずる引きずるタイプのものはやらない。なぜならそこに書家としての技術は要らないからだ。ただ引きずればいいだけ。上手いも下手もない。大きい筆を引きずっていますよ、力持ちですよ、というパフォーマンスである。やっている人をディスるつもりはないが、技術に自信がないだろうとは勝手に推察する。
身体全体をフルに使って、書家でなければできないパフォーマンスをやることが大事だろう。そうでなければ意味がなくはないか。
まあいい。
そのパフォーマンスのためには衰えゆく身体をなんとかしてマネージメントしていかなければならない。し続けなければならない、と言ったほうがいいのか。言うのは簡単だがなかなか大変だ。
というような状況のなかで、神様が目の前に「ボディコンバット」を用意してくれていたのには感謝しかない。南半球のこの異国の地に居てもちゃんと面倒を見てくれている。
筋トレとは違い、ボディコンバットには体力維持のために無理して通っているわけではなく、楽しくて通いたくて通っている。それが体力維持に繋がっているというのは願ってもないことだ。
こんなありがたいことはないと常々思う。
昔から趣味は?と聞かれても、書道をやること以外そんなに思いもつかず、「映画鑑賞」とか「読書」とか当たり障りのないことを答えていた。でもあるとき「あれ、ボディコンバットが趣味って言ってもいいんじゃないか」とふと思った。それくらい長く続いている。
「継続は力なり」というが、やっていればそれに対する答えは出てくるものである。体の調子がいいのも、大書パフォーマンスがまだやれているのもそのおかげだ。本当に神様ありがとうである。
あとはこのだぶついた身体がキューッと締まれば言うことはないのだが、そう何でもかんでも準備してはくれないのが、通常運転の神様のツンデレである。
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