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どよめきとの次に起こったのは…、 笑いだ。笑いが起こった。 筆の先が持ち手のところからぽっきりと折れ、 股の間をスライドして後方にすっ飛んたのだ。
アーティストとしてスペシャルスキルビザのカテゴリーでオーストラリアの永住権をもらったことは、在豪の日本人コミュニティのなかでは依然としてレアなケースである。
豪州政府からの承認なわけだから名刺の肩書にも堂々とアーティストと書く(英語だけども)。勝手に名乗っているわけではないから、勝手に名乗っている人たちを見るのと同じ目では見ないでほしいとときどき感じることがあることはある。傲慢だと思われるかもしれないが、クオリティの低いろくでもない輩も少なくないのである。
日本語だと書家と名乗るが、英語圏には書家という日本では確立しているポジションがないのでまあそれで仕方がない。
アーティストと名乗れるようになったころの当初の予定によれば俺はスター街道をまっしぐら… のはずだった。しかしどうしても 何かが邪魔するというか、 目に見えない何かのせいで、どうしても違うところへと引きずられていってしまった末に今に至る。スターのスの字もない。スがあるとすれば、すっとこどっこいのすか、すっからかんのすくらいである。
キャンベラで毎年燈籠祭りが開催される。
最初数年は日本大使館からの招聘で、その後ACT政府からの依頼で、1日2回のライブパフォーマンスをさせていただいた。
その3年目のこと。
大使や公使とも名刺交換し、和やかに言葉も交わすなど、
アーティストとしてなかなかの雰囲気(のはず)。
さて1回目の本番。4mx4mの紙に「桜」の一文字。これは大使館側からのご依頼だ。キヘンの縦画は3.5mほどになる。かなり大きいサイズの文字である。このために新しい筆を購入し、本番で初めて下ろす。
俺の大書パフォーマンスはいつも一発勝負である。同じサイズで事前の練習はしない。理由は簡単だ。そんなデカい紙を広げるスペースがないからだ。
まず木ヘンの最初の一画。
高く振り上げた筆を勢いよく紙面にたたきつけて、気合で引く。
墨が周囲に飛び、観衆が湧く。彼らは俺の一挙手一投足に釘付けだ。
そして2画目の縦画も高いところから筆を振り下ろす。
と簡単に書くが、高い位置からの紙への突入はある程度の訓練が必要である。高いところから自分の思うところに筆先を入れたいように入れるのはそんなに簡単ではない。
墨が跳ね、飛び散る。俺に魅了された観衆の歓喜の声…
と、
同時に変な音がして、
跳ねてはいけないものが跳ねる。
マジか!
やっちまった感が俺を襲う。
右手を見る。
握られているのは竹の棒。
観客がどよめく。
ああ、メイドインチャイナ…
どよめきとの次に起こったのは…、
笑いだ。笑いが起こった。
筆の先が持ち手のところからぽっきりと折れ、
股の間をスライドして後方にすっ飛んたのだ。
張り詰めた空気からの解放。
教科書通りの笑いの方法論。
頭の中が真っ白になりながらもなんとかこの場を乗り切るべく、
持っていた柄の部分を放り捨て、すっ飛んでいった筆先を取りに行き、
それだけをむんずと握って何事もなかったように書き始める。
冷静なハプニング処理。プロの仕事。
パフォーマンス終了後はいろんな人から声をかけられたり、写真を撮られたり。ただ手が墨で真っ黒になっているので握手は敬遠される。
そこにオージーのおじさんカメラマン。
最初は俺の顔を撮ってたんだけど、
段々下のほうにレンズが動いていく。しかも連射。
すると向こうから大使館の人が真剣な顔ですっとんでくるではないか。
「どうしたんですか」俺は驚いて尋ねる。
「先生、ズボンのチャックが開いてます。」
おいおいおい…
みなさんは毎日二枚目で過ごせてますか?
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