何か危機が迫っているのかと心配もしてみたが、危機はいつもの経済的なものだけだった。
俺はホテルのロビーのソファに腰かけていた。
ロビーにはいろいろな目的を持った何人かの人が、それぞれの立場で存在していたが、バタバタと忙しい感じはなく、物事がスムーズに流れる穏やかな雰囲気をキープしていた。
突然隣から声をかけられた。
いつの間にか隣のソファーに座っていた全く知らない男が、
明らかに俺に向かって声をかけていた。
サラリーマンというより、どこか探偵風。中肉というより少し痩せていて、ベージュのコート、ベージュのパンツ、ベージュの綿のハットをかぶり、黒い縁のメガネをかけている。
俺は恐らく訝しい表情をしたにちがいない。
できればそんな男から声なんかかけて欲しくないではないか。
しかし男は半ば強制的に俺に話を聞かせにかかった。
全く知らない人物からの強制にも屈する形になってしまった。
男は自己紹介をすることもせず、早口で話す。
最初は話を聞いていても何を言っているのかよく分からなかった。男の活舌の問題もあろうが、ホテルとロビーとソファー、そして初対面という状況からは想起できない内容だったからだった。
自分の使っていた電気髭剃りをもらってほしい。
要約すると男はそう言っていた。
新しいのを買ったが、まだ使えるから捨てるには忍びなく、
どうしても俺にもらってほしい、としつこく懇願する。
いやいや俺はシェーバーは二つ持ってるから必要ない、そう言って断るが、いやいや使い心地がいいから、といって折れようとしない。
すると男は最初の穏やかな雰囲気とは一転して俺に掴み掛かり、
無理矢理にでも俺の顔に自分の手に持っている電気髭剃りを押し付けようとしてくるではないか。俺はその手首を持ってなんとかそれを阻止しようとする。
どうして見ず知らずの男が使ってた髭剃りを俺が使わなくではいけないんだ? それを強要するなんて理不尽にもほどがある。
いらないんだよ、そんなの。俺には自分のがあるんだから。
いらないよ、いらないんだよ、あああああああ。
っというところで自分の声で目が覚めたことがあった。
このときは、俺に何か危機が迫っているんだろうかと多少心配もしてみたが、危機はいつもの経済的なものだけだった。
この経済的危機からはいつ抜け出せるのだろうか。
ここのところこういう危機一髪的な夢を見なくなった。
見たのを覚えていなくなった、のほうが正しいのか?
物事に対する諦めがよくなったのか。
覚えておく能力が低下しただけなのか。
単純に、疲れて爆睡ばかりしているのか。
それとも、危機一髪的な夢を見ていない夢をみているのか。
今なら電気カミソリ持ってきてくれたら、
ああどうもありがとう、って言っちゃうな。