針を身体にぶっ刺されるなんて物凄い体験だと思うが、開けることのできる記憶の扉を全部開けても何の成果もない。
母親に電話をいれた。
魚の煮つけが焦げたと笑っている。
今日も平和で良かった。
いろいろ話しているうちに俺の子供の頃の話になった。
今更子供の頃にやらかした話をされても何ともしようもないが、記憶喚起で母の脳細胞が活性化されるのならばまあ仕方がない。甘んじて受ける。
「あんた、子供の頃どもってたのよ。」
急にまた変なことを言い出した。
ど、ど、ど、どもる?俺が?
「針治療にも通ってて、(小学校の)先生にも治療したほうがいいって言われて。」などと言うではないか。
小学校のとき?俺が?
小学生というとまあまあ大きくなっているではないか。
先生は島田先生。
冬の寒い日の夜、寝床からトイレに立ったとき、脳溢血に見舞われて亡くなった、らしい。
朝、島田先生ではなく、教頭先生だったと思うが男のおじさんの先生が教室に来たことをうっすら思い出すことができる。そのときの教室の様子やその後の経緯はもう覚えていない。
小学校低学年のころの記憶なんてそんなものだ。
他の何かの記憶を探っても浮かんでくるものではない。
同じ町内の同級生の絵が廊下の一番端に飾られていて、すごいなあと思っていたこと。教室の掃除に来てくれていた4年生の男子にスカートめくりに行かされていたこと。今はそんなことくらいしか絞り出せない。
どもっていた記憶なんか一つもない。
どの場面も想像できない。当時からの友達にも言われたことがない。
さらに、どもりを治すのに針治療をやってたなんて、それこそ一欠片も記憶がない。針を身体にぶっ刺されるなんて物凄い体験だと思うが、開けることのできる記憶の扉を全部開けても何の成果もない。
逆に考えると、記憶にないほどちゃんと治ったということだ。
今は何の症状もない。治せるなんて針治療すげえ。
今更ながらお礼を言いたい。
物忘れとか、そういうのは治らないんだろうか。
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