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選択の余地がない場合はご愁傷様だけど、 選択できる場合は嫌なものには手をださない。 己の第六感が、危ない、という信号だしてる。

深夜11時半を回ったオフィスのフロア。
廊下の電気は消えていてもう誰もいない。

この時間、リフトがこの階にとまった合図の「チン」という音がした。
そして扉の開く音。でも誰も降りては来ない。
誰も降りてはこず、また扉の閉まる音。

誰かがボタン押さないとリフトはこの階にこない。
でもって、セキュリティかかってるから、
この階専用のキーがないとボタン押したとしてもこの階には停まれない。
先にも書いたがこの階も真っ暗で俺以外には誰もいない。

ふふふ。

そうなのだ。
ご想像のとおりである。
このビルは古いビルで、俺なんかがオフィスを構えるよりずっと前から居ついている霊がたくさんいるのだ。

11時半を過ぎたあたりからワサワサし始める。
リフトに乗るのはとても好きみたいだ。

まあそれはそれとして、
嫌なものには手を出したら駄目だという話。

もちろん選択の余地がない場合はご愁傷様だけど、
選択できる場合は、嫌なものには手をださない。
己の第六感が、危ない、という信号だしてるのだ。

昔昔あるところにチェロの演奏者がいた。

お国の機関からも何度か依頼を受けて演奏したりしていたし、外国まで呼ばれていって演奏したりもしていた。

ある日、成り上がりの企業家のオヤジから電話があった。「今日のパーティで演奏者がいないからオルガン弾いてくれよ。お前楽器やってるんだろ。金は払うよ。」

「そんなのCDでいいじゃないですか、そのほうがお金もかかりませんし」とチェロ奏者は忠告した。しかし「ちゃちゃっと弾いてくれた方が早い」と親父はいう。

時間もなくて困ってるみたいだし、そのオヤジはチェロ奏者の知人の上司でもあったから、オルガンは専門じゃないけど弾けないわけではない。なるべく雰囲気を壊さないように配慮して弾いた。自分で言うのもなんだが、そこそここなしたはずだ。

後日お金はいつもの演奏料の半額を請求した。結果として悪くはないと思ったけども、やっぱり専門ではないから、チェロを弾く時と同じ額をもらうのを遠慮したのだ。

しかし抗議の電話がはいった。納得がいかないと。
そしてすぐ来るように言われる。

その親父の事務所の前、普通に人々が行き来する往来に立たされたまま凡そこんな風に言われた。

「あれは何だよ。知らないよ、あんなの。駄目だよ駄目。みんな駄目だって言ってるよ。お前なんか俺が知らないんだから有名でもなんでもないし、おごってるじゃないの?前にやってくれた先生はこの辺でオルガンで有名な先生で何でも弾けたよ。サブちゃんでも、石川さゆりでもさあ。お前楽器やってるってちょっと考えた方がいいんじゃないの。で、なに、あの金額は?あんなの払えないよ。誠意がないよ誠意が。払えていいとこその半額だな。サブちゃん弾けもしないしさ。もうお前なんか二度と使わないけどさあ。」

駄目だと言っている「みんな」が一体誰なのかっていうことや、その有名だというオルガンの演歌奏者を何を根拠にこのオヤジが有名だといっているか分からなかったけど、そんなことを言ったところでこのオヤジに音楽の素養が一切ないからわかりっこない。また聞く耳持つような人間でもない。

しかしまあ酷い言われようで、演奏のことから、人格まで全否定。人生の中であんなにいっぺんに何もかもを否定されたことはなかった。チェロ奏者はひたすら我慢した。

その地獄からやっと解放され、家路につきながらチェロ奏者は思った。そこまで下に見られてボロカスに言われて、そして値切られた末のはした金を貰っても、今度は「あいつはその金額で演奏しよるで」っていう話が流れても嫌だ。だから金は貰わないことにした。 苦労はわざわざしないほうがいいというお話。

恐ろしいことだとそのチェロ奏者は身にしみる思いをした。そういう人とは二度と関わらない、何か第六感に嫌な雰囲気を感じたら手を出さない。「君子あやうきに近寄らず」の諺は生きていると思った。

人生に苦労はつきものだけど、しなくてもいい苦労はわざわざしないほうがいいというお話。

今思い出しても腸が煮えくり返るとチェロ演奏者は言う。でもいい勉強にもなったとも思うらしい。

みんなはそんなことのない、楽しい1日でありますように。

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