お月様ではウサギが餅つきをしている。月でウサギが見守ってくれていることは、 夜道を歩く身にとってはとても心強い。
お月様ではウサギが餅つきをしている。
と昔から言われているが、まあその通りである。
餅つきしているかどうかはともかく、ウサギがいることは確かである。
左側に確実にいることは皆さんご存じの通りだ。
月でウサギが見守ってくれていることは、
夜道を歩く身にとってはとても心強い。
満月の日には月にむかって空の財布を振る。
そうするとお金が入るという話を聞いたからだ。
ある満月の日。
アパートの前まで帰ってきたところで、
いつものように月に向かって空の財布を振る。
あまりに長く振りすぎたのか、ちょうど満月と俺を結ぶ線上にあった3階(オーストラリアだと2階。日本の1階に充たるのをグランドフロアといってG、1、2階となる)のリビング窓から人がこっちを見ているのに気がついた。その人が窓を開けようとしてたので、とっさに逃げた。
うーん、悪いことしてるわけじゃないから逃げなくてもよかったんだけど、その人には満月は見えてないから、彼女からしてみると12時になろうかという夜中にもかかわらず角度的に自分の方向に向かって知らない東洋人が何事かを訴えるように手に持った何かを突き上げながら大きく振り続けてるように見えていると考えられるわけだ。
火事だぞ、とか、ドロボーだぞ、とか、パンティ落ちてますよ、とか。
考えられる緊急事態はその3つだけなので、そのうちのどれかを叫んでいるのだろうと彼女は推測したはずである。そして中でも最大の可能性を瞬時に算出し「あら私の飛んじゃったパンティ振ってるのかしら」と事実確認のために窓を開けて問いただしたかったのだろう。
それに俺は一体どう答えたらいい?
「This is my wallet. It is not your panties.」とでも叫ぶのか?
そしてそれを叫んだときにたまたまパシフィックハイウェイをトラックが通り過ぎて俺の声は彼女に届かず、「Pardon ?」って聞き返される。
面倒くさいなと思いながらも性格上律儀な俺は今度はもっと大きな声で答えるだろう。
「This is my wallet. It is not your panties.」
と、不幸にもそのときナイトライドの大型バスとタンクローリーがパシハイを通過。またもや俺の声はかき消され「I beg your pardon?」ってちょっと大き目の声で聞き返される。
ああもう嫌だ!と思いながらも使命感に燃える俺は「It is not your panties.」と叫ぶだろう。
やっと俺の声が聞こえた彼女は「I see. That's your panties.」と納得する。
そして「Good night! Sleep well.」とにっこり微笑んで窓を閉める。
残されたのは口があんぐりになった俺。
と、そのとき満月と目が合う。
そうだ、満月には彼女が見えてなかったじゃないか。
満月にしてみればどうして人間ごときに「お前のパンティじゃねえ、お前のパンティじゃねえ」って叫ばれなきゃならないのかと思うだろう。馬鹿にしてんのか? え、てめえ、ふざけんなよ、と。
「そんなこたわかってんだよ、ボケぇ」
どすのきいた声でお月様からそういわれた俺の財布には
また今月も寂しい風が吹きそうだ。小さな希望も消えてしまう。
儚(はかな)いな…
パンティだけに。