俺は佳境に入った『俺俺』を読んでいたところだった。『俺俺』は亀梨くんで映画化された星野智幸が書いた小説だ。
出勤手段で乗っていたバスがパシフィックハイウェイからチャツウッド駅の方へ左折しようとしたときに、メッチャいい感じの深い音を立てたと思ったら、曲がりきらずにそこで停止した。
あ、深い音ではなく不快音である。
それも信号待ちの先頭車に迫らんばかり。運転手は両手を広げた「オーマイガッ」の例のポーズをしちゃっている。
俺は佳境に入った『俺俺』を読んでいたところだった。『俺俺』は亀梨くんで映画化された星野智幸が書いた小説だ。突然の激音に「なになになに????」ってなる。
『俺俺』の物語中では俺が俺に削除されるかどうかの瀬戸際っていうか、「どうなんだ、来んのか、来ねえのか、あ?あ?あ?」っていう緊張感高まる場面だったから、現実にもドキっとした。
バスは一旦ちょっぴりバックして、ギリギリすれすれで先頭車をかわして左折に成功し、空いているスペースに車を止めた。
あと200mも行けばバス停なのだが、ヒゲもじゃの熊のような運転手は小声で「'F' ワード」を連発しながら突然こちらに向き直り、
「バス停じゃないんだから降りるんじゃねえぞ、このくそ野郎ども!」
とでも言いたそうな顔で俺らを制して外にでた(言ってはいない)。
そしてサングラスをかけたイグアナのような変な顔色をしたおばちゃんと一言ふたこと言葉をかわすと、熊転手は再びバスにむんずと乗り込んできて、俺らに向かって大口を開けてゴジラみたいに「ガオーーーッ」と雄叫んだ
…ように見えたが、実際は「Get off here.」と言っていた。
みんながバスから降りると、後ろにグラサンイグアナおばちゃんの車が停車していた。どうやら接触事故らしい。
音だけひどくて衝撃がなかったので、衝突でなく、ただのこすり事故だったのだろう。グライグばばは身体を「かぎかっこ」みたいに真横に折って車の傷跡を舐め回していた
…かのようだったが舌はだしていなかった。ちょっと安心した。
「ガオー」「ペロペーロ」「ガオガオーーッ」「ペペロッペーロォ」
熊とイグアナは顔まで接触事故を起こさんばかりに戦っていたが、
勝負の行方は俺の目からはどちらが優勢とも言えなかった。
アメリカのB級映画だとこのまま二人は恋に落ちてしまうかもしれなかった。そうなるとなんともおぞましい朝の光景のように思えて、オエっってなった。
ふと我に返った俺に、もしかして今この時に俺が俺を消去にやってくるやも、という思いが頭をよぎった。
俺は辺りをさっと見回し、俺がまだそばにはいないことを確認した上で、「ひゃー」とわざとらしく声を上げて、ついでに両手も上げて、一目散に…サブウェイに駆け込んだ。
腹が減っては戦ができぬのだ。
「グッモーニン、ダーリン」
中東系の太ったおばちゃんの疲労を含んだいつもの嘘くさい笑顔。
「何にする、ダーリン」
「トーストする、ダーリン」
「チーズは、ダーリン」
「サラダは全部、ダーリン」
「ソースは何にする、ダーリン’」
「塩コショウは、ダーリン」
「ここで食べる、それとも持ち帰り、だーりん」
「$8.00よ、だーりん」
「ありがとう、だりーん」
「いい日を、だりーん」
魔法にかかりそうだった。