仕事が終わって帰宅した俺が冷蔵庫を開けると、卵置きに並べてある全ての卵に「化け物」の顔が描いてある…と思ったが、よくみると彼女の似顔絵だった。

シドニーの家賃はめちゃめちゃ高い。
自力でアパートを借りることなど俺には不可能なので、フラットメートを募ることになる。フラットというのはいわゆるアパートのこと。シェアメートという呼び方もある。

海外生活においてその国の人との違いを感じるのはごくごく普通のことだが、海外生活で日本人同士の考え方や行動の違い、つまり常識の違いをこんなに思い知らされるとは移住当初は考えもしなかった。

「日本人」とひとくくりにして評している輩は噓つきなんじゃないかと思えるほどである。

ある福岡からきたワーホリの女性。
ある晩彼女が友達を呼んでリビングでパーティをした、後のキッチン。
仕事から夜遅く帰ってきた俺は目を見張る。

俺のなかの常識では「食器は洗って拭いて棚の元の位置に戻す」だった。
何人来たかは知らないが、洗った食器や調理器具の何もかもをキッチンの床以外の平らなところに隙間なく広げまくってあった。

翌朝にしまうつもりなのかもと触らずにおいたが、結局それもなし。起きても来ない。

この彼女、トイレのスリッパも逆に脱ぐ人だった。自分がスリッパを履いたときの状態に戻しておけないのだ。

そして最後の最後に共同費を持ち逃げ。いや、正確には「あとで戻す」という紙きれが缶の中に入っていたから、まだ返してない状態が続いてる。しかしもうとっくに10年は過ぎている。

「きれい好きです」と公言して憚らない人は想像以上に結構いる。
しかし油断してはならない。
その中のかなりの割合が、自分がきれいなところにいるのが好きなだけで
自分では掃除しない、ごみ捨てにも行かないのだ。
食器を棚にもどさない。食後にテーブルも拭かない。

「きれい好き」だと言うのはウソではない。しかしこいつはクソである。

彼女を連れ込んで半同棲をし始めた奴もいた。「入りびたる」という言葉の意味を教えてもらった。
彼女は家賃も共同費も払ってないが、キッチンを使い、シャワーを使い、トイレも使う。 その光熱費は他のフラットメートも負担することになる。
当然他のフラットメートから苦情が出る。だから注意をした。

すると女の靴を隠すようになった。靴がなければ来ていると分からないという判断なのだろう。頭が悪すぎはしないか。

彼女も出物腫れ物を全て我慢するわけにもいかぬ。行為の声だって漏れているのだ。気まずくなりすぎてしばらくして男は退居した。

汚ギャルと言って今の人たちが分かるかどうかは分からないが、それも居た。
部屋から嫌な臭い漂い始めたときは驚いた。彼女自身も判別不明な汚臭をまとっている。彼女が歩くとその線上にしばらく残り香が漂う。

他のフラットメートと一緒にずっとずっと我慢をしたけれど、我慢しきれなくなって出て行ってもらった。やんわりいっても部屋のゴミがは一向に片付かなかったし。

この女の子に「親から何も言われなかったの」と聞くと、「私のことはいいけど、親のことを悪く言われたくない」とドラマの人が言うようなことを言い返された。悪いという自覚は一応あるんだなと思った。

ある年の夏には、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、リビングのTVの前に寝転がって録画された日本のドラマを見ているワーホリの男がいた。いつの頃からか、奴の汗のしみでカーペットにくっきりヤツの体の型がついていた。

「家でも英語で話しましょう」って言ってきたワーホリ男もいた。物まねタレントのコロッケにそっくりだった。

間違いだらけの日本人同士の英会話が一体何の役に立つのか分からなかったし、俺は家に帰ってまでそんなことをしたくはなかった。英語で話してくれてもいいけど、俺は日本語で返すよ、と言ってあげた。

あまりに顔が不細工だったため、初対面のコリアンに見つめられたまま「Pitiful...」と言われたと打ち明けてくれたちょっと年増の女性もいた。全然笑えなかった。

ある日仕事が終わって帰宅した俺が冷蔵庫を開けると、扉の上段の卵置きに並べてある全ての卵に「化け物」の顔が描いてある…と思った。でもよくみるとそれはその彼女の似顔絵だった。
別のフラットメートがふと思い立って、自分が買ってきた卵に彼女の似顔絵を描き始めたらしい。どう描いても不細工にしさえすれば彼女の顔になるので、あれよあれよという間に結局全部描く羽目になったらしい。ひどい話だが嘘ではない。
しばらくは冷蔵庫を開けるたびに大勢の彼女に睨まれて怖かった。

色々思い出したら懐かしくなった。
もちろん、いいフラットメートも沢山居たことは一応付け足しておく。