すうっと歩み寄って「どうぞこちらへ」の姿勢のまま彼を階下へと導き始めた。言うだけなら簡単だけどなかなかできない。

暫くぶりに、伸びた髪を切りに行った。 

いつもオーナーのTくんに、閉店前の俺の後に彼の予約のお客さんがいない状態で切ってもらう。丁寧にじっくり切ってくれるので、客として扱われてるなあ、という気がする。
はい、切った、はい、終わり！
みたいな感じのところはなんだかイヤなのだ。

折角イメチェンしようと切りに行ったのに、
テキトーに扱われた感があると気分が悪い。

と、切ってもらっている最中に誰かが階段を上がって入ってきた。ここは受付が１階、カットスペースが２階にある。

誰かきたなあ、と思い鏡越しに視線を向けると、
コーカソイドの若い男がフラフラしながら上がってくるではないか。
正気ではなさそうだ。酒かドラッグでイっちゃってるように見える。

「やばいな…」と俺が思ったか思わないかのうちに
Tくんがすうっと彼に歩み寄って、「どうぞこちらへ」の姿勢のまま彼を階下へと導き始めた。あまりにも自然で堂々とした態度に、彼も気おされた感じでそれに応じる。 

店内にはもう俺一人。その一人の俺もてるてる坊主の格好のまま切り落ちた髪にまみれて座っている。役には全然立たないだろうけど、大声がしたら行こう、とは思い、静かに聞き耳を立てていた。

暫くしてパタパタという靴音とともにTくんが何事もなかったように戻って来た。隣の警察の駐在所に行って事情を説明して対処してもらったという。

「すげえ」と思った。
スタッフを率いる一国一城の主ともなると、肝が据わっているというか、
ああいう場面にも全く動じないで大声を出すことも出させることもなく、ホコリ一つ立てずに処理してしまうのだから。

俺の文章だと緊迫感が今一つ伝わらないのだろうが、
ドラッグでイっちゃってる白人ってかなりコワい。
それを殆ど眉一つ動かさないくらいの感じで見事に場を収めるなんて
本当にすごいこと。言うだけなら簡単だけどなかなかできない。
男として感服した。こんなオーナーがいればスタッフも安心だ。

その後は何事もなかったようにカットに戻って、
俺は男前にしてもらいましたとさ。