悩ましいというほどのことはなかったのだが、 どんなもんなのかなあ、としばらくの間思っていたことがあった。
悩ましいというほどのことはなかったのだが、
どんなもんなのかなあ、としばらくの間思っていたことがあった。
今現在それが解決したわけではないのだが、深く考えることを辞めてしまった。
例の彼の猛威が始まってからのことだ。
毎朝オフィスの人々が触れそうな箇所を掃除のおじさんが拭いて回るようになった。
リフトの中やボタン、手すり、トイレのノブなんかのほかに、うちの書道教室の表側のドアノブも彼の拭き拭きの対象になっているらしかった。
初めの頃は知らなかったもんだから、ドアがガチャっと言うと誰かお客さんが来たのかと思って表まで出ていったものだ。
「あ、どうもありがとう。」
「いや、気にしないで。」
なんていう会話を掃除のおじさんと交わしていたのだ。
まあ、そんなこんなで日々は流れる。そして俺はだんだん悩ましくなっていくのだ。
掃除のおじさん。
東南アジア人、おそらくXXXXXX人なんだろうと思う。夕方の掃除の人たちがそうだからたぶんそうだろう。
背は160センチ程度で決してのっぽではなく、全体的に丸くふっくらしていて、縁に色のついた眼鏡をかけている。ツルんとしていて清潔感があるのかと言えばそれは全くない。ベトッとしていてダラっとしている方に寄っているように見える。
そのおじさん、最初の数日は比較的ちゃんとその責務を果たしていたと言っても大きく外れてはいないだろうと思うが、段々と手が抜かれてきてしまうのだ。
今では布でフワッと触れるだけになってしまった。
自分が歩くスピードを弱めることなく、布はノブにタッチするだけだ。
彼のその行為は一体何の役に立つのだろう。
もちろんそれを日本では掃除とは言わない。
悩ましいだろう?
俺は一体どうしたらいいのか?
おじさんに言うべきなのか? でも俺が彼を雇っているわけではない。
だったらただ見守る方が正解なのか。
不動産屋に連絡するべきなのか?
でも俺はオーストラリアの不動産屋が大嫌いなのだ。
可能な限り関わりたくはない。
どうするのが一番いいのか考えても分からない。
どのみち自分でも拭くんだからほっとけばいいか。
結局はそこに落ち着いた。だから考えるのを辞めたのだ。
彼がそんな風になってしまってから、なんとなく「ありがとう」を言うのを辞めてしまった。なぜなら正直なところ有難いと思わなくなったからだ。
姿を見かければ挨拶はする。でも「ありがとう」は言わなくなった。