久しぶりに約束とかそういうのではなく、ただぶらりとシティに出かけた話。
久しぶりに、誰かと会う約束とか仕事がらみとかそういうんじゃなしに、純粋にペインティングのイベントを見ようと思ってシティに出かけた。
たまにはゆっくり他人の作成するナマの作品を見てみたいじゃないか。
しかし、約束が無いことで余裕が溢れてしまい、会場についたらもう誰もいないようだった。開始の時間は書いてあったが終わりの時間はなかったので夜遅くまでやっているイメージだったのだ。でも2時間も送れた俺が悪い。
しようがないから退散する。
折角ハーバーブリッジを越えてシティまで来たのに、このまま帰るのももったいない。もうそんなに寒くないし、俺はチッペンデールからジョージストリートにでてタウンホールのほうへ歩くことにした。
もうすっかり春なのか、夜の風も肌に心地よく、ちょっと来ない間に新しい店が沢山できていることにいちいち心を動かされる。
チャツウッドと違って、シティはやっぱり夜も活気がある。
と、進行方向、道沿い、遠くに光るサルがいた。
集団でいるのだが、みんな各々片手でパイプにつかまってぶら下がっている。 飼い主がいるのかどうかわからない。
「え?」と、俺は目を疑う。
全員「オス」のようなのである。
「え、まじ、大丈夫なん?」と、俺はちょっとひく。
オスの息子が立派すぎる。
「えー、こんなの路上で…。大丈夫??」といぶかしく思いつつ、俺はずんずんそのモニュメントに近づく。
今のご時世、アートだったら何をやっても許されるのか。とりあえず誰かに報告せねばと携帯を取り出す。
写真を撮り終わって改めてサルを眺める。
ギンギンがすぎる。
でもまあ、アートなんだから、この息子の角度とかもきちんと裏付けがあって、ちゃんと計算されてるはずだよな。天下のジョージストリートでこうして展示ができるんだから、どこかから資金もでてるだろうし。
心理学とか入ってんのかな。これで子供が増えたりしたらすげえな。
などと深読みを試みる。
こういうところがアートの意味深いところである。
医学界とかそういうのが関わってるかもしれない。
協賛してるのはどこの団体だろう。
俺もこういう大きく社会を動かすというか、皆が元気になるような作品をつくりたい。ああ、やっぱりチャツウッドに閉じこもってばかりではダメなんだな。さすがにシティは時間が進んでいるよ。
と、今夜の行動を自画自賛しかかったそのとき、ふと疑問が湧く。
あれ、サルのメスの胸ってどうなってたっけ?
俺は母ザルが授乳しているところを思い浮かべようとするが、きょとんとした母ザルの顔と抱えられた子ザルの後ろ頭しか浮かんでこない。
子供の頃、大分県の高崎山に何回も連れて行ってもらったんだけどなあ。サルのメスの胸なんて気にしたこともなかったなあ。
動物園も結構行ったけどなあ、全然思い出せないなあ。ゾウが鼻でリンゴとったとか、ゴリラがうんこ投げたとか、そんなことにキャッキャいって喜んでただけで、肝心な動物観察を全くしていなかったんだな。まったく入園料の払い損だよ。はあ…。
心の中で両親に謝罪する。
サルのメスってどうだったかなあ…。
うん?
あっ…
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ってう話にしたら間抜けかな、なんて頭の中でストーリーを練りながら、俺は一人でカラオケボックスのエコーポイントへの階段を下りたのだった。