(2)料理にこだわりたいわけじゃない
「ねぇ、料理って簡単な物でもいいの?」
強気なのか、不安気なのか分からない、ガラスのような瞳を向けてくるのは、少し大人びた顔の少女だった。
「簡単な物って?」
「例えば…その、カレー、とか」
そう言うピンクの瞳は、時々ゆらゆら揺れていた。本当は、あまり料理を作ったことがないのかもしれない。
「私はカレーがどんな物かは知らないが、自分で自分の世話が出来るなら十分」
あくまで条件は、集まりすぎた人数を捌くための物だったので、特にこだわりはない。
「そっか…それなら良かった」
明らかに胸を撫で下ろして、笑顔になる。
笑うと、最初の印象より幼い感じに見えた。
14、5歳だろうか。
よく見ると、少し耳の先が尖っているように見える。もしかしたら、エルフなのかもしれない。
「ちょ、ちょっと、そんなにジロジロ見ないでよね!」
「いや、そんなには見てない」
「いや、見てた!」
「大して見てないよ」
「大して、ってやっぱり見てたんじゃない!どうして嘘付くの?だから、大人って嫌!どのくらい見てたのよ?!」
ーあ、ちょっと面倒臭い感じがする。反抗期なのか?
私が黙っていると、少女は続けて言った。
「エルフの子は、13歳で独り立ちするんだから、そこまで珍しい物でもないでしょ!」
ということは、やはり私の見立てはそんなに間違っていないらしい。
ぷぅっと頬を膨らませて、不機嫌そうに口まで尖らせている。
そんなにあちこち尖らせたら、ハリセンボンみたいではないか、と言おうと思ったが、さらに怒らせる気がしてやめておく。口は災いの元だ。
少女の機嫌を取るのがめんど…いや、上手く出来る気がしなかったので、残りのメンバーに目をやると、老夫婦のように寄り添って立っている男女一組と、ポツンと離れて成り行きを見守っている女性が一人いた。
さて、どちらから声を掛けようかと迷っている内に、老夫婦の女性の方が人懐っこそうに笑いかけながら近づいて来た。
「騎士のお姉さん、私はカレーも作れるし、大体のお料理は一通り作れますよ。ほーら、この通りレシッピーは500以上ありますからねぇ」
レシッピー、はたぶん古今東西の料理を記したレシピのことだろう。
老女のカバンの中には、使い古した感じの年季の入った紙の束がみっしり詰まっている。
そのレシピの豊富さに職業を確かめておきたくなった。
「あなたは、シェフなんですか?」
「え?」
「あなたは、シェフ、ですか?」
「ごめんなさいねぇ、風が強いみたいでよく聞こえないわ」
ーえ?風?
思わず当たりを見回す。ふと視線の先にいた少女と目が合って、お互い顔を見合わせるが、少女がふるふると頭を振った。
やはり、風など吹いていない。私の聞き違いではなかったようだ。
とにかく聞こえなかったのだろう、と解釈して、ゆっくり話してみることにする。
「あ、な、た、は、シェフ、で、す、か?」
「あぁ、あぁ、シ*フね。そうそう、よく分かったわねぇ」
ーん?
一瞬、発音がよく分からない所があったが、肯定しているのだから間違いないだろう。
とりあえずパーティーの中に一人は料理人がいてくれたら、大分楽になる。
何しろ、私はこの世界の勇者に漏れず、料理などからっきしなのだから。
しかし、一人が料理人となると、他のメンバーの職業もきちんと確認しておかないと、まずいことになる。
勇者(騎士)、カレーなら作れる反抗期のシェフ、500以上料理を作れるプロのシェフ、その他のシェフ、では、魔王城に着く前にすぐ詰んでしまうだろう。
まぁ、空腹で倒れる心配はないのかもしれないが。
さて、次はさっきから直立不動で自分の順番を待っている、シェフの相方に話を聞いてみることにしよう。
(つづく)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?