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"空気が読めない"漢のブルース


はじめに

「マサ北宮は、空気が読めない。」

最近になって、私はそんなワードを耳にするようになった。


直接的な原因は、2024年9月14日に行われたプロレスリング・ノア後楽園ホール大会にあるだろう。

この日のメインイベントで、新日本プロレスからプロレスリング・ノアに武者修行で参戦していた大岩陵平のNOAHラストマッチ『清宮海斗vs大岩陵平』が行われたのだが、試合後に会場全体が別れを惜しむムードになっていた中、二人の目の前にマサ北宮が現れたからだ。


北宮の目的は、予てより挑戦表明していた清宮の持つGHCヘビー級王座戦の日時を決めることにあった。

「大岩、1年間どうもありがとう。チャンピオン、俺とはまだ決着ついていないぞ。イギリスで挑戦を表明した。それで受諾してくれたんだ。だけど日程がまだ決まってない。めんどくせえから今決めるぞ。10月14日、後楽園ホール。そこで決着をつけよう」


ともすれば、別れのムードに水を差す挑戦者の一言。
流石の清宮も「ちょっとは空気を読んでくれよ!今日は大岩陵平のノアラストマッチだ。今日のところはお下がりください」と思わず北宮に返すと、会場中は賛同の拍手に包まれたのである…。



マサ北宮は空気が読めない。

上述した件で北宮にそのようなことを感じた人は多いのかもしれないけれど、私は寧ろ、北宮らしいなと思ってしまった。

【空気が読めない】ことは、【遠慮せず進むことができる積極性】と表裏一体である。
そんな北宮の姿勢は、ここ5年でノアを見始めるようになった私にも、幾つか感じ取れる箇所があった。

個人的に、記憶に残っているマサ北宮の試合の思い出を列挙していきたい。

2020年1月4日のプロレスリング・ノア後楽園ホール大会では、隣の東京ドームでは同時間帯に新日本プロレスのビッグマッチという【裏イッテンヨン】のセミファイナルで、杉浦貴と激闘を繰り広げた。
その内容は、メインに控えていた『清宮海斗vs潮崎豪』のGHCヘビー級王座戦に負けないくらいインパクトの強いものであった。


2023年元日のZERO1後楽園ホールでは、田中将斗の保持する世界ヘビー級王座に挑戦。
この大会の直後に、『グレート・ムタvsシンスケ・ナカムラ』や『清宮海斗vs拳王』が行われるプロレスリング・ノア日本武道館大会が控えていたのだけれども、「そんなものはお構いなし」と言わんばかりに展開されていった死闘は、私の脳裏に激闘の記憶を刻み付けていった。
下手したら日本武道館のダブルメインイベントを食ってしまう内容だったので、当時はどういう気持ちで日本武道館大会を見れば良いのかすら、私には分からなくなったほどである(苦笑)。


2024年に入ると、1月2日の有明アリーナ大会で石井智宏とのスペシャルシングルマッチが実現。
『丸藤正道vs飯伏幸太』、『拳王vs征矢学』が当日のセミ・メインで控えている中、この試合は第3試合という立ち位置も、大会が終わってみれば、アンダーカードにもかかわらず当日のベストバウトに推す人が多数現れる激闘を展開し、セミとメインの印象を搔き消してしまった。


結果的に、『マサ北宮vs石井智宏』のシングルマッチは2024年上半期だけで3回も組まれることになったが、そうなったのは、試合順関係なく内容で目立っていったことで観衆を盛り上げた二人がいたからこそ。
戦前から期待値は高かったけれど、このカードがメインカードを食らうほどのポジションまで上り詰めたことは、良い意味で"誤算"だったと私は思う。


2020年よりノアに本格参戦を果たした武藤敬司から、ノアマットで初めてギブアップを奪った選手もマサ北宮だった。
ノア所属時代の武藤からギブアップを奪ったのは、2022年7月の清宮海斗と2021年4月のマサ北宮しかいなかったと私は記憶している。

2021.4.18後楽園ホール


2023年にノアマット参戦を果たしてからシングルマッチで全勝街道を突き進んできたGHCヘビー級王者(当時)のジェイク・リーに対して、シングルで負けなかったのも北宮が初めてだ。
王者として全勝優勝を掲げていたジェイクにとって、北宮との対戦で決着をつけられなかった事実は「俺の中で引き分けはこのリーグ戦中は負けと同じなんだよ」と吐き捨てるほどの怒りを滲ませるものであった。



2021年5月には、GHCタッグ王座を防衛した直後にパートナーの中嶋勝彦を急襲。
「(試合中に受けた)たった一回の誤爆で我慢なんねえんだよ」という理由で袂を分かった両者の因縁は、敗者髪切りマッチへと発展していく。


その髪切りマッチでは、リング周辺に設置された金網の最上段から極めたダイビングセントーンで北宮が中嶋を撃破。
大多数が【北宮の敗戦→髪切り執行】を予想する空気を見事に破壊し、中嶋を丸坊主にする衝撃は、無観客試合でも十分なインパクトを残してみせた。


その後も中嶋とは、北宮の決別から返上に至ったGHCタッグ王座の新王者決定戦や翌2022年のGHCヘビー級王座戦で対峙するなどライバル関係を紡いできた。
タッグ王座を何度となく獲ってきたパートナーに対しても、若手時代の恨みを隠さず唐突に突きつけていく強気の姿勢は、流れの早いノアマットに埋もれまいとする漢の矜持の現れではないだろうか?


空気

空気が読めないと言われる人間は、往々にして周囲から疎まれがちだ。
しかし、そんなマサ北宮に対して、周囲は疎むどころか、あらんばかりの声援を浴びせ続ける。

その評価を支えているのは、彼が試合で地道に積み重ねてきた熱量と内容にあると私は感じている。
先に挙げた幾つもの激闘を見てきて、人は心を動かさずにいられないのだと思う。


私が北宮の存在を意識するキッカケとなった試合がある。

2018.9.2に行われた、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会のメインイベント『杉浦貴vsマサ北宮』のGHCヘビー級王座戦だった。

丸藤正道デビュー20周年興行が両国国技館で行われた翌日のノア本興行。
前日のビッグマッチに注目を拐われていた防衛戦だったが、北宮が杉浦に肉薄したことで、私が予想していた以上の盛り上がりが見られたのだ。


「めちゃめちゃ北宮コールしてましたよね?」

大会後、この日行われた稲村愛輝のデビュー戦を見に訪れていた知人から、そのような声をかけられた。

私でも驚いていた。
私は杉浦が好きだけど、あの瞬間に声を上げて叫んでいたのは、確かに北宮の名前だったのだから…。


そんな瞬間は、2021年3月7日に行われたノア横浜武道館大会のメインイベント・『杉浦貴&桜庭和志vsマサ北宮&中嶋勝彦』でも訪れた。

この試合では北宮が杉浦からギブアップを奪ってタッグ王座戴冠を果たしたのだけれども、杉浦が負けたことによる悔しさ以上に、北宮が勝ったことの興奮を現地でハッキリ噛み締めた記憶の方が、私の中には今でも強く残っている。


好きとか嫌いとか超越して、魅入られてしまう存在感。

それは、マサ北宮という漢のスゴさなんだと私は思う。


まとめ

「好き」と「嫌い」

食べ物や人物、作品などに対して抱く感情の取捨選択だけど、私は好き・嫌いとは別にして、もう一つの感情があると思っている。
それは、【報われてほしい】という感情だ。

プロレスを見るようになってから、好きな選手とは別に、「何とか報われてほしい」という選手が出来ていたことに気付かされた。
理由は様々だ。
「もっと評価されてほしい」、「ベルトを獲ってほしい」etc…。

勿論、努力がイコール報われるとは限らないだろう。
けれど、それでも尚、「報われる姿を見たい」と願う選手は、ファン目線でも出来てしまうものなのだと思う。


マサ北宮は、キャリアの中でシングル王座を戴冠した経験が未だに無い。


ハッキリ言ってしまえば、マサ北宮という漢は武骨で、キラキラした一般的な王者像とは真逆の立ち位置にいる。

今では、若手や年下の選手のメンター的役割も担うポジションになり、プロレスリング・ノア内に新設されたスカウティング部の部長を任される存在になった。


でも、私は心の奥底で、マサ北宮がトップを獲る瞬間を待ちわびているんだ。
好きとか嫌いとか超越した感情は、ベルトを獲ってトップに立ってほしいという悲願にも近いものになりつつある。

重い感情かも知れないけど、「北宮がシングル王座を巻く瞬間までは、何としても生きなくては…」という気持ちも私の中には芽生えているほどだ。


今ではもう、マサ北宮の存在から目を離すことが出来ない私がいる。
だからこそ、北宮がシングル王座を獲る姿が、私はめちゃめちゃ見たいんです…!


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