2023.5.6
はじめに
2023年のゴールデンウィークが目前に迫った4月下旬のこと。
プロレスリングZERO1から、こんなリリースが流れてきた。
大谷晋二郎、来場。
2022.4.10
ZERO1の両国国技館ビッグマッチのメインイベントに立った大谷晋二郎は、試合中の負傷により、頸髄損傷の重傷を負った。
ZERO1の旗揚げ20周年に予定されていた2021年の両国ビッグマッチが相撲協会の都合で延期を余儀なくされ、約1年後に仕切り直しで行われた中での出来事だった。
当日、私は客席からカメラで写真を撮っていたが、大谷が負傷した瞬間を捉えた写真は、今現在も直視できないでいる。
試合後に救護を受けていた大谷の姿も、SDカードから掃き出したデータには残っていない。
撮るのが道義的に憚られる場面だと思ったし、そうでなくとも、その姿を収めてしまう事への恐怖を反射的に感じていたからなのかもしれない。
大谷の来場そのものは、今年3月にも予定されていた。
今回同様無料イベント形式で、3.26にZERO1の靖国神社奉納プロレスが行われる予定だったのだが、"晴れ男"の異名を持つ大谷を以てしても当日の雨天には抗うことが出来ず、大会の中止が発表された。
どこかの専門媒体で、そんな話を見かけた記憶があっただけに、私自身、春に急遽大谷の来場が決まったことへの驚きを隠せずにいた。
しかも、当初は有料で開催予定だった興行だ。
チケットも既に販売済という状況ではあったが、それらを払い戻した上で無料イベントとして開催したのは、ZERO1の心意気と言っても良いだろう。
私は当日、会場で観戦することを決めた。
あの日以来となる大谷の姿が見れることを知ったのなら、そこにもう、迷いなどなかった。
391日ぶりでも変わらなかった大谷晋二郎
迎えた大会当日…。
当日はソワソワして、いても立ってもいられなかった私は11:30開場にもかかわらず、開場1時間以上前からベルサール高田馬場のロビーに形成された入場列に並んだ。
その時点で、私の前には50人以上が並んでいたのだが、みるみるうちに列は伸びていった。
会場ロビーに設置していた受付の机や椅子を移動して、スペースを空けても勢いは留まることを知らず、最終的に待機列はロビーを突き破り屋外へと飛び出していた。
会場スタッフのアナウンスが、大会における周囲の期待値の高さを現していた。
ただ、以前にもベルサール高田馬場に来たことのある私は、会場内の広さからして、多くの人が来たとしても、入場制限がかかることは無いだろうと楽観視していたのも事実だ。
開場時間になり、中に入ると、多くの座席が東西南北に設置されるなど、観客を迎え撃つ準備が出来ていた。
しかし、大会開始直前になって、リングアナウンサーを務めるオッキー沖田から、このようなアナウンスがなされる。
何ということだろう。開場時点で用意していた多くの座席は人で埋まるばかりか、不足した事で更に増席したというではないか。
1,436人の観客が訪れたベルサール高田馬場の視線は、大谷の来場に注がれた。
花道から自身の入場曲に乗せて登場する大谷晋二郎。
観客から溢れんばかりのオオタニコール。
暫く天を見上げた後に紡がれた大谷の言葉は、欠場前と変わらないものだった。
でも、ZERO1の会場で当たり前のように聞いていた大谷の言葉を1年1ヶ月振りに聞いたことで、「当たり前の事が、実は当たり前ではない」という事も私は強く感じたのである。
その後、大谷に花束を渡すゲストとして登場したのは、現時点で最後に大谷と戦った杉浦貴。
大谷が杉浦に発した言葉で、私は思わず泣きそうになってしまった。
試合開始前にもかかわらず、既に出来上がった場内の盛り上がりを見て、大谷晋二郎という人の凄さを改めて実感することが出来た。
大谷の思いが宿る、会場の熱狂
試合を前に、【大谷晋二郎来場】という今大会の注目トピックは終わった。
しかし、今大会の盛り上がりは序章に過ぎなかった。
何故ならば、その後の全8試合、盛り上がりが1度として途切れることなく続いたからである。
大谷の言葉を借りるなら、「全力のプロレスで勇気を与えてくださいます」、「最後まで思いっきりプロレスをお楽しみください」がまさしく体現されたような、熱い雰囲気の中で試合が行われたのである。
特にメインイベントで行われた『杉浦貴&田中将斗vs小島聡&関本大介』の一戦は、試合時間20分では足りない程の激しい試合となった。
試合は時間切れドローも、会場中から鳴り止まない拍手が、この激闘を物語っていた。
その後、記念撮影を経て行われた、メイン出場選手による募金の呼びかけ。
激しい試合を行った直後にもかかわらず、募金箱を持って会場出口に立ち続けたメイン出場レスラーの姿を見て、私はプロレスラーの強さと凄さを目の当たりにしたのである。
まとめ
大谷晋二郎の姿を会場で見ることが出来なくなってから、1年以上…。
大黒柱不在の間、所属選手たちはZERO1を守り続けてきた。
過去に「大谷晋二郎や田中将斗に頼りきりだ」なんて批判を外野から聞いたことのあるZERO1も、今では20代の選手が9人も在籍している伸び盛りの団体になった。
若手が拠点を移した栃木県で行われる『栃木プロレス』も、プロレスとは思えない程、バスケットボールやサッカーのように、栃木の人々の生活に根差しつつある。
大谷の想いや熱意は、若手にも確実に受け継がれているのだ。
冒頭の来場挨拶で述べた大谷のコメントを聞いて、私はただ、再起をかける姿を祈る事しかできない。
だからこそ、私は思うのだ。
大谷晋二郎が報われなければ嘘だ、と。