座って学ぶ"武蔵野美術大学美術館・図書館 みんなの椅子"
国分寺駅からユラユラとバスに揺られること数十分、武蔵野美術大学はその名の通り武蔵野の緑豊かな環境にあった。
同大学内にある美術館・図書館は1967年の開館以来、近代椅子の収集に力を入れている。
今回「みんなの椅子」では所蔵する400脚を超える椅子のうち、約250脚が展示されている。その多くの椅子は実際に座ることができる。
当時の大学教授が近代椅子こそ、プロダクトデザインを学ぶのに重要な教材だとし、収集が始まったという。大学の授業でも学生はコレクションの椅子に座り、座り心地や素材、構造との関係性などを学ぶ。
私も学生に戻ったつもりで、あらゆる椅子に座った。
展示は近代椅子のデザインの歴史的変遷をたどるカタチで構成されている。
その中で、その後の歴史に影響を与えかつ私が個人的に好きな椅子やデザイナーを紹介したい。
1.デ・スティルの象徴、リートフェルト
オランダ生まれで家具職人を父に持つリートフェルト。オランダの造形運動「デ・スティル」に参加、椅子などのデザインを手掛ける他、建築家の顔も持つ。
デ・スティルはドゥースブルフを中心に芸術と建築は社会の一部として存在するべきだと考えに基づくグループで、象徴的なメンバーにモンドリアンがいる。
モンドリアンが描くのは、水平、垂直ライン、赤・青・黄色の三原色と無彩色のシンプルな構成要素であり、それを踏襲し、3次元に発展させたのがリートフェルトのレッド&ブルーチェアだ。彼はさらに建築家としてデ・スティルの理想形と言えるシュレーダー邸を設計した。壁面、開口部のバランスや窓枠のグリッドや3原色によるファサードは絵画のようでもある。
レッド&ブルーチェアは硬めの座り心地であるものの、座面と背面の絶妙な角度が座る人を唸らせる。
2.近代デザインの軸となる巨匠たちの椅子
250脚もの椅子の中で静かに確かな存在を醸し出すのが、巨匠2人によるもの。
これらの椅子は過去に異国の地でいずれも遭遇した。
ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェアはスペイン旅行に行った際に、バルセロナ・パビリオンで見た。この椅子はバルセロナ博のドイツ館で、王族が休む為に作られた。ゆったりとした皮の座面と細くしなやかなX字のラインを描く脚部。座ってもその豊かさを感じ、そこにあるだけでも美しい。
ル・コルヴュジェの椅子はパリのラ・ロッシュージャンヌレ邸で見た。確か歩き疲れて、宅内の長椅子LC4に座り休息したのを思い出した。
1930年代の建築は、装飾や歴史性を廃した万国に共通する「国際様式」が普及した。当時は建築家が建築物の中に設置する椅子などの家具も同時にデザインしていた。シンプルな構造で機能的な素材を使ったこれらの家具は、時代やシュチュエーションを選ばず、オフィス、住宅や商業空間などあらゆる用途に用いられる。
近代椅子のデザイン史において、彼らのデザインが軸となっていることは間違いない。
3.曲面加工で日常にデザインが普及
近代椅子の歴史で多大な影響を与えたのがアメリカのミッドセンチュリーだ。1950年前後の時期に第二次世界大戦に勝利したアメリカでは、製造業が力を伸ばし、FRP(繊維強化プラスチック)やプライウッド(成形合板)など新素材の開発が進んだ。これにより曲面など自由な成形が可能となった。シンプルで機能的で大量生産ができるようになった家具はアメリカで人気となり、現在ではそのポップで親しみのわくフォルムが世界中で愛されている。
「デザイン性に優れ、安価で量産できること」を目的に作られたシェルサイドチェアは、背座一体型の強化プラスチック椅子としてあまりに有名で、教科書的な存在だ。
座るとスッポリ身体を包み込む座り心地は、何時間でもそのままで過ごせそうだ。さらに座らずに、どの角度から見てもきれいな曲線ラインが楽しめる。
スタッキングも可能で、公共施設や学校などでも多く利用されている。
建築学生がまず最初にアルバイト代で購入したい椅子NO.1ではないかと思う。
建築と異なり椅子は、容易に体感することができ、気に入れば購入することもできる。
今回はとにかく座って体感し、それぞれの椅子に込められたデザインの思想への理解を深めることができた。