【いつか来る春のために】㉗ 第二部加奈子の想い出編❼ 黒田 勇吾
あらためて出会いからいろいろ振り返ると本当にいろんなことがあったんだよなぁと感じます。思い出がたくさんありすぎるよ、隆ちゃん。
隆ちゃんとの初めての出会いを思い出すと、今でも腹が立ってくるよ。
三年前になるのかな、牧野石駅前の午後の広場で初めて隆ちゃんと出会った。夏の暑さが一段落して、ようやく涼しい風が吹き始めた頃だったよね。看護師だった私は仕事を終えて駅前を歩いていた。家に帰る途中でちょうどバス停の前だったわ。土曜日だったから診療は午前で終わって、一時ごろだったかな。突然歩いていた私の右肩に何か飛んできてとまった。えぇ、と驚いて肩を見ると大きな茶色のカマキリがこちらを見ていた。私は叫んだ。随分大きな声だったと思う。大の虫嫌いだった私が特に苦手なカマキリ。どうしていいかわからなくなり、だれか~と助けを呼んだ。すぐに近くにいた若い男性が近づいてきて、私の右肩にとまったカマキリを捕ってくれた。わぁ、助かったと思ってその男性を見たら、肩に虫かごを懸けていてその中に素早くカマキリを入れた。その時のセリフ今でも忘れない。
「お嬢さん、失礼いたしました。僕の友達の茶太郎がカゴから脱走を図りました。ご迷惑をおかけシマウマ」隆ちゃんは私を見て笑った。まったくなんで笑ったのよ。今でも腹が立つよ、隆ちゃん。それになによ茶太郎って。おまけに最後がシマウマって寒いギャグ。
「ちょっと、そのカマキリあなたのだったのですか。ちゃんと管理してください。何で駅前でカマキリに襲われなくちゃならないのよ」って怒ったんだけど、あなたの格好を見てなんだこの人少し変人っぽい、と思って引いちゃった。野球帽をかぶり、緑のTシャツに茶色の半ズボン、そしてコンバースのシューズ。肩に下げた虫カゴ。まるで小学校の子供じゃないの。
そのあとの謝罪と言い訳を聞いて少しは納得したけど、本当に変な出会いだったわ、隆ちゃん。
「すいませんでした。私は小学校の先生をしていまして、今日は子供たちと電車で鹿山まで虫取り課外授業をしてきたんですよ。先ほど解散したばかりです。ご迷惑をおかけしました」その丁寧な謝罪に納得して、あ、意外とまともな人なんだと思ったけど変な気分だったわ。やはり危ない人かな,と思ってすぐにその場を去ったけどね。
そして次の週の土曜日、医院で仕事をしていたら隆ちゃんが診察に来てて、あ、あのへんな人だと思った。私の顔を見たら、やぁ、と手を上げて笑ってるし、やだこの人ストーカーと思った。だってなんで私がここに勤めていることが分かったのか不思議だったから。風邪で診察に来たんだ、と一言だけ言って
またね、と馴れ馴れしく手を上げて帰っていった。それから毎週土曜日、三回も続いたわね。隆ちゃん、一か月も風邪ひいている人いるわけないじゃない、まったく。四回目の日、医院の仕事を終えて外に出ると、あなたが何気なく駐車場で待っていた。そして何故かスーツ姿に着替えていた。
へぇ、意外とかっこいいんだ、と思った私の心を見透かされたのかなぁ。
~~㉘へつづく~~