14267734-ペイズリー柄白白地に赤いバンダナ

【いつか来る春のために】❻ 三人の家族編 ⑤ 黒田 勇吾

 鈴ちゃんは仮設集会所で、ボランティアの学習塾を中学生の為に開いている。去年の冬から始めていて、月謝はもらっていないそうだ。鈴ちゃん自身も仮設住宅に男一人で住んでいて、美知恵は集会所でちょくちょく会うようになって仲良くなった。とにかく元気で笑顔が素敵な好男子。子供達からも慕われている。震災前は渡山に住んでたが、津波で自宅が大規模半壊、避難所に半年間住んだあと仮設に入ったということだ。家族のことはあまり話そうとしない。美知恵もそうだが皆それぞれの家族のことはあえて話したり聞いたりしない。皆まだそっとしておいてほしいことがあるのだ。
「これから授業始まるんですか」と美知恵が先に声をかけた。鈴ちゃんはタバコを灰皿に捨てて、
「今日は一時間遅めの5時から授業だよ。子供たちが部活ある日だから。中三は昨日受験だったから今日はなしです。みっちゃん、買い物かい」と問いかけてきた。
「んっだ、ちょっと足りないものがあってねぇ」そう応えながら美知恵はふと思いついて鈴ちゃんに尋ねてみた。
「鈴ちゃん、今日、塾何時に終わるの」
「ええと、八時半。今日は期末試験もとっくに終わって総復習だけだからわりと早いべさ。テスト前は夜十時過ぎまでやってたんだよ」
「んだがぁ、そしたら鈴ちゃん、塾終わったら我が家さ寄らねすか?」
鈴ちゃんは、えっという顔をして
「何、今日なんかあんの」と尋ねてきた。
 美知恵はなんだか急に鈴ちゃんに鍋料理を振る舞いたいと思いついたのだった。
「鈴ちゃん、康夫おじさん、知ってっちゃ。今日うちの夕食に来るんだっちゃ。鈴ちゃんも一緒に牡蠣鍋とお酒でもと思って」
「あぁ、康夫さんか、時々集会所で世間話してる仲だべさ。そうかぁ、牡蠣鍋かぁ、なんだかずいぶん昔に食べた記憶しかないなぁ。でも遅くなるけど大丈夫なのすか?」
「平気、平気。康夫おじさんと一緒に盛り上がっぺす」
鈴ちゃんはなんだか急ににこにこして、
「そしたら塾終わったら寄せでもらうから。みっちゃん、ごちそうさんです。牡蠣鍋ひさしぶりぃ」と言ってバンダナを締め直した。
「鈴ちゃん、んだら、待ってっからね」美知恵はそう言って仮設のほうへ歩き始めた。
「みっちゃん、センキュウ」鈴ちゃんが美知恵の後ろ姿に向かって大きな声でそう叫んだ。美知恵は振り返って、腕を九十度にまげて、がんばろう、の合図をして笑った。心の中でも、頑張ろうね鈴ちゃんと呼びかけながら。

            ~~⑦へつづく~~


かつて仮設住宅があった場所。6年余り住んだ。あの頃の被災地のつわもの男女も今は別天地へ。夏草や 強者どもが 夢の跡 (2022年5月撮影)