旅人と雨 (徳山璉)。
1930年代のビクターを代表する男性歌手こそ徳山璉。同時に優れた声楽家でもあり、時に喜劇俳優としても大活躍。その彼が吹き込んだ歌の中でも一際哀愁ある曲が「旅人と雨」です。此の歌はラベルには“露西亜民謡”と但し書きがされていますが、実際はマーク・ラスが書き下ろしています。彼は兄のボリス・ラスと共に遠くウクライナから来た演奏家兄弟で、徳山同様に30年代の日本に置いて沢山の録音を残しました。後にコロムビアにて青盤芸術家として契約したのですが、あまり売り上げが良くなかった為か一般発売の黒盤へと移行。レパートリーもクラシックだけでなく、ヒット流行歌のインストを手掛けたり、或いは和製ジャズソングを作曲するなど活躍を続けます。然し国際情勢の悪化も手伝い兄弟は促される形で離日を決意し、昭和14年頃に渡米の旅へと立ちました⛴。
「旅人と雨」は西條八十が歌詞を担当しておりますが、日本の歌とリズムが違うスラブ調のメロディである為に、筆を取った時は大変苦労したとの事です。緩やかなイントロの後ですぐ歌に入り、サビには合唱が加わって、そしてまたソロに戻ると云う構成であり、一番はさすらう旅人が楽しかった昔を思い出していると云う流れ。歌詞とメロディが上手くリンクしていて、一番で云う所の♬”君と居て汲みたる旨酒や…“の箇所では、メロディが僅かに明るくなりますが続くソロパートの♬“波間に登りし月影や…”で再びマイナーテンポにチェンジします。恐らくですが旅人が雨宿りの最中、過去の幸せだった頃の夢から覚めた瞬間を巧みに演出している訳でして、中々唸らせる編曲でした。徳山の侘び寂びの効いた歌唱も見事であり、ラストのオクターブが何とも言えない哀愁を漂わせております😀。