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『グレーターイスラエル』とは?~ヘブル人の故郷を探る➆~

 『グレーターイスラエル』という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 簡単に言えば、聖書の神がイスラエルに与えると宣言した土地のことをそう呼んでいるのだが、現在のイスラエルよりもずっと広く、周辺諸国の領土を侵食する形になるため、シオニストの陰謀だなんだと非難されるはめになっている。

 グレーターイスラエルの領土がどのようなものとして認識されているのか、下の地図を見てもらいたい。

RTのニュース画面:ロシアのサイトTop Warより


 これが一般的に認識されている『グレーターイスラエル』かと思われる。
 
 だが、これはちょっとやりすぎである。


 では、聖書に書かれている、神がイスラエル人に与えた領土とはどのようなものであるのだろうか?

 根拠となっているのは、以下の句である。


 主はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで
 ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、 ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、 エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。」
(創世記15章18~22節)

 わたしは、あなたの領土を、葦の海からペリシテ人の海に至るまで、また、荒野からユーフラテス川に至るまでとする。
 それはその地に住んでいる者たちをわたしがあなたの手に渡し、あなたが彼らをあなたの前から追い払うからである。
(出エジプト記23章31節)

 私たちの神、主は、ホレブで私たちに告げて仰せられた。「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。
 向きを変えて、出発せよ。そしてエモリ人の山地に行き、その近隣のすべての地、アラバ、山地、低地、ネゲブ、海辺、カナン人の地、レバノン、さらにあの大河ユ一フラテス川にまで行け。
 見よ。わたしはその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。これは、主があなたがたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓って、彼らとその後の子孫に与えると言われた地である。」
(申命記1章6~8節)

 あなたがたが足の裏で踏む所は、ことごとくあなたがたのものとなる。
 あなたがたの領土は荒野からレバノンまで、あの川、ユ一フラテス川から西の海までとなる。
(申命記11章24節)

 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、
ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまで
である。
(ヨシュア記 1章4節)

以上、すべて新改訳聖書より引用。



 まとめると、東はユーフラテス川、西は地中海とエジプトの川、南は葦の海、北の境界はちょっと不確かだが、シリアの北の国境としておこう。


 なお、ヨシュア記にある「ヘテ人」をヒッタイトと同一視する向きもあるが、それらはおそらく別である。ヒッタイトの領土にまで手を広げてしまったらさすがに欲張りすぎである。トルコが発狂するだろう。
 ここで言うヘテ人とは、カナンの地のあたりに住んでいた民族のことを指している。
 ダビデ王とダブル不倫をして、のちのソロモン王を生んだバト・シェバ。彼女の夫ウリヤはヘテ人であった。


 東はユーフラテス。これは問題ない。

 北は暫定的にシリアの北の国境にしておく。

 南は葦の海。……これはアカバ湾のことである。詳細は以下⇩


 西の国境は地中海とエジプトの川。

 「エジプトの川」をどこにするか、は問題である。

 もし、ナイル川を「エジプトの川」と捉えてしまうと、上の地図のように、スエズ運河とナイル川東岸がエジプトから消えてしまうことになる。

 「エジプトはナイルのたまもの」と言うように、エジプトの人口のほとんどはナイル川沿いの町に住んでいる。また、多くの町はナイル川を挟んで一つの町として存在している。その半分と、大きな収入源であるスエズ運河まで削られたら、エジプトは身ぐるみはがされてパンツ一丁になってしまう。

 エジプトの心臓はナイル川流域であり、ナイル川流域がエジプトである。

 聖書の預言では、エジプトはハルマゲドン後も存続している。エジプトの存在を残すなら、ナイル川の東西分割案はあり得ない。

 よって、ここで言う「エジプトの川」とは、昔の人々が認識していたようにシナイ半島のワディ・エル・アリーシュとするのが適当かと思われる。

赤いフラグがワディ・エル・アリーシュの河口。Googlemapsより


ワディ・エル・アリーシュ/Googlemapsより


 ということで、西の境界ワディ・エル・アリーシュに定めると、グレーターイスラエルの地図はこのようになる。

 あるいは、こうかもしれない。


 2枚目は、シリアのユーフラテス西岸・レバノン・ヨルダンがそのままイスラエルに吸収される形になる。

 これらアラブ3か国に暮らす人々は困惑するだろうが、一般的なグレーターイスラエルの地図よりも、このほうがずっと現実的ではある。


 創世記15章にあるように、この領土は神とアブラハムの契約に含まれている。にもかかわらず、いまだ実現されたことがない
 実現しないなら、聖書の神は存在せず、聖書は創作物となる。

 もし実現するならば、出エジプト記23章に「それはその地に住んでいる者たちをわたしがあなたの手に渡し、あなたが彼らをあなたの前から追い払うからである。」とあるように、イスラエル人がその地の民を追い出すことになるのである。


 現在、レバノンは半無政府状態がつづいており、シリアは怪しいアル・カイダが政権を取った。ヨルダンにはハーシム家がいるが、彼らのもともとの本拠地はサウジアラビアのヒジャーズ地方である。
 イスラエルは2023年の10月にブチ切れてから、周辺に跋扈する自国を脅かす存在を完全に排除するまで軍事行動をやめそうにない。

 なんだか、『グレーターイスラエル』構想が現実味を帯びてきたような気がするのだが、気のせいだろうか……?


 そして、上に挙げた地図を紀元前3千年期の都市国家エブラの領域と並べてみると、興味深いことがわかる。

GooglemapsおよびWikipediaより


 北半分は古代のエブラの領域とだいたい重なるように思える。

 では南半分は?

 右の地図でカナンCanaanと書かれている部分だが、紀元前3千年期にここにいたのはカナン人ではない。

 では、誰がいたのか?

 わかっていない、というのが正直なところだ。


 しかし、グレーターイスラエルの北半分がエブラの領域と重なるということは、神がヘブル人アブラハムに約束した土地の境界の根拠は、

もともと「ヘブル人がいた土地」

と考えることはできないだろうか?

 

 都市国家エブラの南には、『イブリ』と呼ばれる遊牧民がいた。

 歴史学・考古学的に『イブリ』が何者であるかはいまだ不確かである。

 だが、ヘブル人のことをヘブライ語では『イブリム』と言う。

 遊牧民であるだけに、彼らが暮らしていた領域はわかっていないし、特定するのも困難だ。


 ここ千年以内に興った遊牧民の国モンゴル帝国の正確な活動領域も分かっていないのに、それより数千年昔の『イブリ』の正確な活動領域がわかるとも思えない。


 だから、はっきりとは言えないのだが、グレーターイスラエルの領域こそが、エベルの子孫であるヘブル人のもともとの居住地であったのではないだろうか?


 この地図の場合、エベルの子孫ペレグとヨクタン両方の領域を含んでいる。

 こちらの場合は、ペレグの子孫のみの領域となる。


 「荒野」という表現がざっくりすぎて、どの荒野まで含むのか不明である。

 だが、その表現で、アブラハムもモーセも理解した
 
 ということは、グレーターイスラエルの領域は、彼らが知る何らかの領域であるはずなのだ。

 おそらくは、2枚目の地図が近いのではないかと思う。
 なぜならば、

 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、
ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまで
である。
(ヨシュア記 1章4節)

とあるように、ヨルダン川を渡ってカナンの地に攻め込む直前のイスラエル人に対して「この荒野」という表現を使っているからだ。

 イスラエル人がいたのは、ヨルダン川のすぐ東の荒野である。
 この時代、さらに東の山地にはまだヨクタン人がいた。

 敵対もしていない兄弟民族を追い出すことになると、はたして彼らが考えたかどうか。

 それに、人口の多いユーフラテス下流域まで国境をのばしてしまうと、イスラエル・イラク双方の防衛と管理が大変になる。それならば、過疎地にあるヨルダンとイラクの国境をそのまま流用したほうが、合理的である。

 これはエジプトとの国境線についても同じである。

 東西の国境線を人口密集地に置くと、国境警備だけでかなりの兵力が削られる。できれば、どこの国も選びたくない選択肢だ。


 だから、筆者が想定する『グレーターイスラエル』は、一般に言われているよりもずっと狭くなるのである。

 



 つづく。




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